第229章 天邪鬼の愛〜中紅花〜(16)
吐息なんか聞きたくなくて……
せめて、自由が利く顔だけは横に背ける。
「下手に動くなよ。可愛い顔に傷付けたくないだろ?」
それでも髪には、
嫌でも僅かでも、掠めた息がかかる。
なめくじが這い上がるかのように、腹部から胸に到達する手は、スローモーションがかかったように、遅いのが唯一の救いなのかもしれない。
家康以外に触って欲しくなくて、そんな風に思えたのかもしれない。
(な、んで……私は、こんなに、弱いんだろう……)
胸がいっぱいになって、
痛くて、辛くて、悔しくて
……くらくらして。
「……んっ…っ…」
……泣いてばかりで。
無力でドジで、
どうしようもなくて……
「ほら、顔上げてさ〜ちゃんと見ろよ〜」
「弓を引く時……いつも、真っ直ぐ的を見据えてるだろう?」
床に蹲る黒い影。
乱暴な手つきで鷲掴みされた髪。
どんなに薄暗くても、外ではお日様のように輝く金色の髪は、月のように綺麗に見えて……
「ひまりに、さ、わるな……っ……」
捻り上げたような苦痛の声でさえも、
……力強い。
(い、えやす……っ……)
泣いてばかりの私と違って。
怖くて、震えることしか出来ない。
私とは違って……
……家康は強い。
一人で耐えて、一人で何でもこなして、
一人で背負って、我慢して。
一人じゃないのに。
皆んな、
皆んなちゃんと知ってるのに。
この人達が……
何でこんな酷いことをするのかは、
わからないけど……
「諦めたみたいだな」
大きい掌で圧し潰すように、
左胸の膨らみに触れられた瞬間。
(触らないでっ!!)
止めどなく溢れていた……
涙を引っ込めた。