第8章 婚約者。
「責めるつもりじゃない⋯ただ、失うと言う事はね次も明日も何も無い。日常は簡単に崩れて、心に残るのはその非日常になってしまった寂しさを埋めるような重い悲しみ。」
しゃがみ込むと、頭を撫でてくれるカカシ様。
「それがどれだけ、苦しいか、考えて欲しいんだ。がこういう手段を嫌がるのは知っていた、ひっそり穏やかに、あぁ、俺もそっちの方が性に合っているよ」
でもね、と言うカカシ様は目を細めて、優しく微笑む。
「大切な人をそんな事で失うぐらいなら、変えるのは簡単な事なんだよ」
生きることに必死で。
愛されたいと愛してるで心が凍って。
普通の女の子になりたくて。
必死で。
自分でいっぱいいっぱいなのは、きっと、ずっと変わっていないのだと知った。
人間が簡単に変われる?
違う。
変われない、サクモさんも、だから私は必死。
なら、なんで私は必死なの?
分かってる。
怖いから。
失うのが恐ろしくて、怖くて、寂しいと感じているから⋯だから⋯そこまで考えてカカシ様を見つめた。
流れた涙が冷えて、震える唇をこじ開ける。
「⋯か、かし、さま⋯⋯」
「うん、どうしたの?」
そろりと、カカシ様の手を握る。
「私は⋯っ、私は⋯人狼で⋯でも⋯でもっ⋯⋯」
恋に落ちるという言葉をよく、小説でなぞっていた。
その意味をわかったつもりでいた。
「貴方を⋯貴方に⋯⋯恋をしているの⋯ずっと、ずっと⋯嫌われるのが怖いんです」
嫌われたくない。
失敗したくなかったのは、そう。
嫌われたくないから。
好かれたくなかったのは、愛されなくてもよかったのは、私が嫌いにはならないように過ごせばいいと何処かこの人に向き合うことを拒んでいた。
極々知り合いだけが知っていた夫婦生活。
同じ部屋をグルグルと回るだけ、外の世界なんて知らなかった。
「私、忍ではありません⋯普通の女の子ではありません、貴方に尊敬されるような、愛されるに値する生き物でもないと解っています、けれど⋯ずっと⋯⋯⋯⋯⋯⋯好きなんです」
向き合うこと。
その本当の意味なんて解らなかった。
貴方が私と向き合うという事は自分と向き合い相手と向き合う事だと初めて知った気がした。
そう、私はずっと、ずっと、出会った時から初めて貴方に会った時から⋯
恋をしているの。