第38章 なりたかったけど、なれなかったの!!【刀剣 包丁藤四郎】
皆の視線が、声を上げた短刀に集まる。
「否、だからね…包丁…」
「なんでだよー!そこまでいったなら、祝言あげちゃえばよかったじゃん。人妻になればよかったのにー!!」
えっ?
あれ?
包丁さん、話聞いてましたかね?
私、なんか聞き間違えをしたかな?
周りを見渡せば、皆がポカンと口を開けている。
「なんでだよー。あとちょっとだったじゃん。なんで人妻にならなかったんだよー」
ブーブーとぶー垂れる包丁。
「あーぁ。人妻…」
「人妻になればよかったのに…」
何度も何度も『人妻』を繰り返す彼に私も堪忍袋の緒が切れた。
「あのねぇ!!」
立ち上がった拍子に、中身の残り少ない徳利がカシャンと倒れる。
溢れる前に手を伸ばす長谷部は、流石の起動オバケだ。
「こっちは人妻に『ならなかった』んじゃなくて『なれなかった』の!!私だって、なるき満々だったけど捨てられたの!!だいたい、人妻になれてたらここ(本丸)には居なかったわけ!!」
私の怒鳴り声に、包丁が肩を竦める。
「主殿、落ち着いて下され…」
と、蜻蛉切が宥める。
でも、いい感じに酔いも回っていた私の口は閉じる事ができなかった。
「だいたい何なの?『人妻』『人妻』って。そんなに都合よく人妻が審神者やってるわけないでしょ?現代の人妻はね、家事に、旦那の世話に、子育てに忙しいの。ママ友付き合いも、近所付き合いも大変で気を使うことばっかりなの!!歴史守ってる場合じゃないの!!」
私の主張に、
「それは主の偏見では?」
という太郎をキッと睨みつける。
そろーっと目を反らした彼はそのままに、
もう一度、包丁藤四郎を見据えた。
「いい加減、私の傷口抉るのやめてくれないかな!!この本丸に人妻なんて居ないし、人妻が来ることも、限りなくゼロ!!わかった!?」
そこまでまくし立てると、包丁は瞳に涙を貯めながら「わぁーん」と泣き出した。
これはまずい…。
非常にまずい…。
「あ…ごめん。言い過ぎた。ごめん…」
私の謝罪はよそに、
数秒の内に彼の兄である一期が飛んでくる。
「包丁の泣き声がしましたが、どうゆう事ですかな?」
『庇いきれません…』と言いたげに背を向けて退散する皆の背中を恨めしく睨み付けながら、私は一期のお説教を聞き続けるのだった。