第14章 あなたへの恋文(家康)
「家康は、本当に字が上手だね…」
ふと、書状を書く手を止めて愛を見れば、
褒めている言葉とは裏腹に、なぜか顔を曇らせてため息をついている。
『ねぇ、そんな顔で言われても、全然褒められてる気がしないんだけど』
その理由もわからないままに、ついつい、また棘のある言い方をしてしまった。
「え?あぁ…ごめんね、声に出てた?あはは…」
本当は心に留めておくはずの言葉だったようで、
愛は一人で焦ったように百面相をしている。
『あんただって、別に字が汚いわけじゃないでしょ?
俺はちゃんと読めるよ、愛の字』
愛の書く文は、五百年後の日ノ本の物で書かれている。
興味があったから、教えてもらってからというもの、
家康は、スラスラと読めるようになっていた。
(あんなに合理的で読みやすい言葉が書けるのに…)
「そうだけど、家康だけが読めてもさ…」
愛は、もう一度家康の書いた書状を見てため息をつく。
『何?俺以外の誰かに文を出したいわけ?』
愛が文を書くのは、家康が遠征で会えない時や、
城内にいても、忙しくて中々会えない時に、
御殿に帰るとそっと置いてある家康への手紙。
いわゆる、愛しい人への恋文だけだ。
(俺以外が読める必要なんてないと思うけど)
家康は少し苛立ったように、いつまでもため息をつく愛を見た。
「読み方教えてもらったように、今度は書き方を教わろうかな…」
家康の苛立ちに珍しく気づかず、愛はまた心の声を零していた。
『ねぇ。それ、誰に教わろうとしてるの?』
家康は我慢できずに立ち上がると、愛の手にしていた書状を奪うように取る。
愛は、やっと、ハッとしたように家康を見上げて、
「え?ごめん…」
と、謝った。
『はぁ…。謝られると余計腹たつんだけど。
で?誰に教わろうと思ったわけ?まさか、読み方教えてもらった人じゃないよね?』
家康は、一番思い出したくない男の名前をあえて言わずに問い詰めた。