第11章 忍びの庭 前編(佐助)
『愛様』
三成のしっかりした声に、愛は背筋を伸ばした。
「は、はい」
その緊張した返事に、三成はフッと口元を綻ばせ、
『心配はいりませんよ。ただ…私の中の知らない感情が、
あなたを独り占めしたいと、毎日悲鳴をあげているのです…』
「え…?」
思いがけない言葉に、愛は固まってしまう。
『ふふふ…愛様は本当に可愛らしいお方ですね。
宴の前に、全てをお話しします。今はまだ、胸に終わせて下さい』
(理由は、今は聞かないでって事だよね?
全部教えてくれるつもりなんだったら、焦る事ないかな)
愛は、三成の笑顔に嘘がないように思えて、素直に頷いた。
(でも…独り占めって…それって…)
意味を深く考えてしまうと、とても恥ずかしい事のように思え、顔を赤くする。
そして、なぜか同時に佐助の顔を思い出す。
(佐助くんは…そう思ってくれることは…ないのかな?)
そう思うと、愛の胸はチクチクと痛んだ。
同時に、つい佐助のことを考えてしまう自分に苦笑する。
『愛さま?』
一人でコロコロと表情を変える愛を、
三成は、一抹の不安をよぎらせる。
(あなたのその表情は…誰のためのものなのでしょう…)
『私は最近、自分の知らなかった感情の多さに、本当に驚いているのです。
その中でも、無性にこの散歩の時間は大切なものなのだと思うのです』
「三成くん…」
『どれもこれも、愛様からいただいた、
大切な贈り物と私は思っています。
愛様、本当にありがとうございます』
「うん…」
『明日も明後日も、ずっと平和に、
あなたと笑い合いながら隣を歩ける日々を、
信長様と秀吉様に作って頂きます。
私は、そのためなら、どんな苦労も厭いません』
そう三成が微笑む。
(ずっと平和に…)
そんな当たり前のことも、簡単には叶わないこの乱世で、
平和すら、戦いによってでないと勝ち取れないこの時代で、
今穏やかに隣を歩いている三成はずっと生きてきたのだと、
愛は強く心に止めなければならないと思った。