
第7章 【肆】煉獄&実弥(鬼滅/最強最弱な隊士)

丹精込めて朝餉を拵えた甲斐有ってか、悲鳴嶼が邸を発つ直前に謹慎処分を撤回した。厳密には邸内だけだった行動範囲が彼の所有する山まで拡大しただけで、元々下山は余程の理由が無い限り自重するよう言われているから、未だ籠中の鳥である事には変わりない。
まぁ好い加減、家事だけの毎日では身体が鈍りそうだった。なにより余暇の過ごし方など分からない。感情の撥条が伸び切った今の杏寿郎さんと四六時中一緒というのも堪えていたところだったし、羽根を伸ばす時期として最適だった。
ちょうど今日は彼の往診の日で、遠路はるばる蝶屋敷から蟲柱殿が来邸している。姐さんに譲って貰った紅色のお茶と珍しい洋菓子を話のお供に用意しておくと半日くらいは杏寿郎さんの相手をしてくれるので、その間に俺は外出できるというわけだ。
「岩注連さん。私は昼には帰りますので、それまでに邸へお戻り下さいね」
「承知しています。本日もありがとうございます、蟲柱殿」
俺が殊勝な態度で深々と頭を下げると、蟲柱殿は穏やかな口調で「仕事ですから」と囁いて微笑みの吐息を食む。しかし謙遜する言動とは裏腹に、彼女の足元から底冷えする様な気魄が影法師のようにずるずると拡がっており、俺を取り囲んで責め付けてきた。
(……)
――彼女は何時しか、姉であるカナエさんの存在をなぞらえるように窈窕淑女を絵に描いた嫋やかな立ち居振る舞いを崩さなくなったが、元来は生真面目で融通の利かない四角四面な性格だ。そんな彼女の機嫌を損ねたらどうなるかなど、火を見るより明らかだった。
俺は隊士、彼女は柱――立場の違いが生まれた辺りから私的な接触は控えていたが、彼女と少しでも円滑な意思疎通が出来るのなら、鬼殺隊の中で一人くらい仲間言葉を使う莫迦が居ても良いよな、と目を細める。幸いにも今は、しのぶと俺しか居ない。
「なぁに不機嫌な面してんの、しのぶ」
頭を上げた俺は開口一番宣って、胸元の位置で顰め面を晒すしのぶを見下ろした。小さな身体に大きな憤り――含有する熱量も一入だったが、俺が柔らかな髪を丁寧に撫でてやった一瞬だけ、怒り以外の揺らぎを見せてくれた。手は直ぐに払い退けられてしまったけれど。
「気安く接しないで下さい」
「嫌だったか」
「不愉快です」
「何が不愉快? 主語言わなきゃ分からないって」
「本当に言わなきゃ分かりませんか莫迦野郎」
「あっやっぱり良いわごめん」
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