第8章 魔王の恋人 / 織田信長
ある、雨の夜。
(遅い……)
信長は天守で、ひとつ大きなため息をついた。
舞が帰って来ない。
仕立てた着物を、依頼主に届けに行ったきり……
もうこんなに夜更けだと言うのに。
夕刻に出ていって、もう二刻は経っている。
(舞に、なんかあったのではあるまいな)
一抹の不安に駆られた。
探しに行ったほうが、いいかもしれない。
そう思い、天守を後にしようと羽織を翻した時だった。
駆けてくる足音が聞こえ、天守の入口から誰かが転がり込んできた。
「御館様、おりますか!」
「秀吉か。 なんだ、騒々しい」
秀吉の額には脂汗が滲み、顔色だけでただ事ではないと、信長は察する。
「どうした」
「御館様、舞が…………!」
瞬間。
一陣の風が、天守を吹き抜けた。
『舞が、男に襲われただと……?!』
『政宗がそれを目撃しまして、男は取り押さえました。 牢に入れてあります』
『それで……舞はどうなったのだ』
『今、家康が城内で治療に当たっております、お急ぎください』
信長は血相を変えていた。
戦で人を殺した時ですら、こんな感情をいだいた事はない。
怒りと、悲しみと、焦りと……
色々な感情が入り交じり、なんとも名前の付けようのない、この胸の内。
ただ、ひたすらに。
(舞、舞、舞)
舞の名前だけを呼んでいた。
ある一室の前で、家康と政宗、数人の女中達が話しているのを見つけ、信長は足早に近づいた。
「あ、信長様!」
信長に気がついた家康が、信長に向かって一礼する。
それに習って、政宗と女中達も頭を下げた。
が、づかづかと近づいて信長は、家康の胸元を掴み上げた。