第6章 幸せな我儘 〜一夜限りの恋人よ〜 / 豊臣秀吉
「昨夜の舞との夜伽は、御館様からのご命令だからこそ頂戴致しました……自分の気持ちを伝える機会を下さり、感謝以外の何者でもありません」
「……」
「だからこそ、御館様と舞の、世からの目を考えれば、私欲に走る訳にはいかないと判断しました」
眠る舞を見ながら考え抜いた結果だった。
(でも、いくら御館様でも、舞はやれない)
秀吉は、信長にきっぱりと言い放った。
「しかし俺も男です、惚れ抜いてる女を、他の男にくれてやる程、度量は広くありません。 だから……いつか御館様の元へ、舞を迎えに行きます、必ず。 何年かかっても、世と御館様を説得してみせます」
沈黙の時が流れ……
やがて、信長は刀を懐に納めた。
そして、さも面白そうに言う。
「貴様、たった数日で面白い男になったな」
「有り難き幸せ」
「いいだろう、この俺から奪ってみせよ。 もっとも、二度と貴様の目には触れぬように、舞を隠すかもしれんがな」
くくっと、信長が笑う。
その表情は、なぜか穏やかに見えた。
「呑み直すぞ、杯を拾ってこい」
「はっ」
まさか生きていく人生の中で、天下を治める方が恋敵になる日が来るとは。
何があるか解らないものだ。
(もうすぐ、舞を起こしてやらないとな)
秀吉は心の中で、昨夜の幸せな時を思い出し。
ひとまずは離れる一夜限りの恋人を愛しく想いながら、最大の強敵に酒杯を傾けるのだった。
終