第1章 遠い日の記憶 ※
目の前で起きた事態に追いつかない頭を一生懸命動かして考えるけれど、一向に纏まらない。
ただ分かっているのは、お兄ちゃんの身体から溢れる赤い血が止まる事を知らず、どんどん私の着物を染めていくことだけ。
『お、にいちゃ…ん?』
声を掛けても力無く笑うだけで、言葉は聞こえない。
『さ、桜兄ちゃん!!!』
涙声で再び呼び掛けると薄く口を開き、血と一緒に微かに言葉を零す。
私が飛ばされた所為なのに、何故この人が死ななくてはいけないの。
溢れる涙を拭えないままお兄ちゃんの口元に耳を寄せてその言葉を聞こうとした時、再び敵の刃が襲いかかる。
『きゃっ…』
兄の身体をこれ以上傷付けられないように、抱き締めながら恐怖で目を瞑ると金属同士が激しくぶつかる音が間近で聞こえた。
恐る恐る目を開けばそこには。
『かしゅ…、みんな!!』
兄の刀剣達の姿があった。
皆兄を慕い、また、私を慕ってくれている良き家族のような彼ら。
ほっとしていたのもつかの間、先陣を切って救出に来てくれた加州の声で再び現実に引き戻される。
「ねえ、主は…まさか!?」
私の着物が真紅に染め上がっている事に気が付いたであろう彼は顔を歪めながらも敵に向かう。
『…く…は、くれ、は…』
か細いお兄ちゃんの声にハッとしてそちらを見るとゆっくりと伸ばされた手が私の目元を優しく拭う。
「おね、がい、____、____…ご、めんな…」
お願い、と言ったお兄ちゃんは、私にそれらを託し、最後にごめんと言って目を閉じてしまう。
それは、私が初めて大切なものを失った瞬間。
得体の知れない何かが身体中駆け巡ったかと思うと、視界が黒くなり深い闇の底に意識は沈んでいった。