第1章 栗より甘い、
「じゃーん!」
クラスメイトの速水江が大袈裟な動きで、俺の目の前に一枚の紙を差し出してきた。
面倒な予感しかしないが、目を輝かせて見てほしそうに紙をピラピラと眼前で動かされ、仕方なく受け取って目を通す。
「…お前さぁ、高校生のデートで栗拾いはねぇんじゃね?」
デカデカと書かれた『栗拾い』の文字を指差しながらそう言うと、速水江は目を丸くして驚いていた。
「えっ、栗拾いって無し…?!でも青根くん栗好きだって二口言ってたじゃん」
「いや、言ったけどさ。だからって栗拾いはなくね?もっとこう、遊園地、とか映画館とか、ムードの出そうなデート場所があんだろうよ」
「ムード…」
「栗拾いなんて家族連れとか子供でいっぱいだろ?そんな中キスまで持ち込むのは」
「わっ!ちょ、ちょっと!やだ二口!!何言ってるのかな?!」
明らかに動揺している速水江の顔がおかしくて、思わず笑ってしまった。
俺に笑われたのが気に障ったのか、グーで肩あたりを殴られた。手加減してくれねぇから、結構痛い。
「痛ぇよ!なんだよ、俺が親切にアドバイスしてやってんのにさー」
「ごめん。…いや、二口が変なこと言うからだよ!」
「そうか?こないだ泣きそうな顔で相談してきたのはどこの誰だったっけ?『青根くんと進展しない~』って」
似てない物真似をすると、またグーが飛んできた。
よける間もなくまた同じところを殴られた。痛いっつうの。
「…そうだけど。悪い?」
「逆切れすんなよ!悪かねぇよ、別に。相手があの青根だし?そうそう次のステップに移れるとは俺も思ってねぇよ」
「青根くん、めちゃくちゃいい人なんだけどねー……もうちょっと押しが強かったらなぁって時々思うんだよね」
話が長引くと思ったのか、速水江は俺の目の前の椅子に腰を掛けた。
これはこちらも覚悟を決めて話を聞くしかないようだ。
面倒くさいとは思うけれど、ここで適当な対応をしたら後で余計に面倒くさくなるのは目に見えている。
「こないだもさ、二人で帰ってた時にね、なんとなくいい雰囲気になったんだよ。ちょっとベンチに腰掛けちゃったりして、会話が途切れてさ。周り誰もいなかったし、暗かったし、これは…!と思ったんだけどさ…」
俺は黙って頷いて、速水江に「ちゃんと話聞いてるよ」の姿勢を見せる。