第5章 1864年 ー文久四年・元治元年ー 【前期】
「ねえ山南さん、聞いてます??」
暖かい午後の陽射しの中、私の部屋に夢主(姉)君と二人。
随分と懐かれてしまいました。
夢主(姉)君が初めて私の部屋を訪れてから、どれくらい経ちますか…
妙に大人びて、心の内側に秘めた女性らしさをわざとちらりとのぞかせて・・・
不機嫌な顔をした私に負けじと笑顔を向けた君が、どうにも意地らしくて可愛く思えました。
彼女の仕草やあの笑顔は、同年代の男ならば、ひとたまりもないでしょうね。
きっと彼女はその自覚はあるのでしょう。
でも、まだまだ少女には変わりありません。
私のような大人から見れば、大人と子供との間にいる彼女は、ある意味とても魅力的ではありますが…
監察方となったからには、今まで以上に自覚をしてもらわねば。
お茶を飲みながら、たわいのない会話を。
書物などには興味はないと言う割りに、わざと難しい話をして見れば、真剣に耳を澄ませていたり・・・
君から漏れる本当の笑みを見つけるのが、最近の私の趣味でもあります。
そしてふいに挑戦をしかけてくる。
「山南さんの目は綺麗ですね。…睨まれるととっても怖いけれど。」
そう言って、
瞳の奥に色気を含ませて・・・
無邪気なふりをして・・・
上目遣いで私の瞳を覗きこんできたりして・・・
私が目を細めてじっとその瞳を見つめれば、クスクスと笑って目をそらす。
困りましたね…
しかし、そう懐かれてしまっては、こちらも手出しはできなくて困ります。
その無防備さと、そのちらりと見える隙が…わざとなのならば・・・思った以上に子供ではないのかもしれませんね。
もしかしたら、もう気がついているのでしょうか。
いえ、やめておきましょう。
自分でも、日に日に心が何かに蝕まれているのがわかります。
君が此処に来てくれる間は、使えない左手のことを少しだけ忘れる事ができるのです。
自分の不甲斐なさを嘆いて、いつか心が闇に飲まれてしまっても・・・・
夢主(姉)君、君はその笑顔を私にむけてくれますか?