第9章 特別なひと
「あ、あのね…、孝支君……」
「ん…?」
“孝支君にとって、私はどんな存在なの?”
喉元まで出かかったそんな言葉を、私は飲み込んで首を振った。
「……ううん、やっぱり何でもない…!」
「え、何だよ、気になるだろ」
「な、内緒っ…!」
私はもう一口水を飲んで立ち上がった。
「お水ありがと。もう平気だから行くね」
「ん。あんま無理すんなよな。俺はもうちょいここで勉強して寝るから」
「うん。孝支君も無茶しないでね」
「おう!…あ、それとさ…」
孝支君は口ごもりながら続けた。
「寝る時、ちゃんと部屋の鍵は掛けとけよ。一応、その……男ばっかなんだからな」
「う、うん、分かった…おやすみなさい」
そう言って孝支君の返事を待たずに、私は足早にラウンジを離れた。一階の廊下を突っ切って、引率者用の部屋の扉を開ける。
言われた通り鍵を閉めて、私は電気も点けずにしゃがみ込んだ。
…なんで今まで気付かなかったんだろう。思い返してみれば、思い当たることはたくさんあったはずなのに…。
昔から私にとって孝支君は家族のような存在で、世話が焼ける可愛い弟みたいに思っていたのに…。
なのに…。
「………どうしよう…」
孝支君にとって、私はそういう存在じゃなかったんだ。それに気付いてしまった以上、意識しないなんて無理よ…。
「ああぁぁ…鈍感な私の馬鹿っ…!」
何にも知らないで手を握ったり、家に上がったり…。教師として、大人として、もっと気を遣うべきだったのに…。
もしも告白なんてされたらどうしよう…。
なんて言って断ろう…。
菅原のおばさんは、
大切な息子をたぶらかされたと思うだろうか…。
いろんな考えが頭を巡る。
ふと寒気を覚えたので、私はひとまず髪を乾かし、布団にくるまった。
部屋の中を、カーテンから漏れてくる月の光がぼんやりと照らす。さっきの孝支君の笑顔と、優しい瞳で孝支君の話をしていた清水さんを思う。好きな人が別の人のもとへ去ってしまった学生時代の自分と清水さんとを重ねながら、私はいつの間にか眠りに落ちた。