第10章 Pagophagia 英
いつもと変わらず、今日も雨。
今朝よりも酷く荒れた風音と雨音を聞きながら、縫い目を辿っていく。
天候が自分の気持ちを表しているなら、そのまんま、最悪。
通っている糸を結んで、ハサミで断つ。
そして、グラスに入っている氷を掴んで口に運んだ。
濡れた指先をそのまま口に含むと、気持ち悪いくらい冷たかった。
「いい加減にしろよお前」
蹴破られたドアが壁にぶつかり、おおきな音が部屋中に響いたその直後、冷徹な声の持ち主は偉そうにずかずかとこちらへ向かってくる。
俺より強い腕力で、胸ぐらを掴んでメンチをきられる。
兄さんたちの血を濃く受け継いでいるのが伊達じゃないくらいの迫力が少し妬ましかった。
「いつまでそうしてるつもりだ? あいつが独立したのはあいつの勝手だ、お前がどうこう言うすじあいはねぇんだ」
ぽたり、俺を掴んでいる奴の髪の毛から雫が頬に落ちた。
外臭い、砂埃と、それから血。
臭い。はしたない。
「いい加減認めろよ、あんた負けたんだ。弟に、自分自身に。」
男のくせに高い声が、まるで狼みたいな、唸るような声。
なるほど、自分自身な。
大正解だ。たまには冴えてるじゃねぇかよ。
正論過ぎて涙が出そうだ。
──ガツンッ
俺の思考を吹っ飛ばす位の拳が横から降ってきた。
そのまま抵抗せず、殴られた衝撃に体を任せていれば、部屋の中心にあったロッキングチェアとデスクに突っ込んだ。
裁縫用具、ティーセット、グラス、空いたエールの瓶が四方八方に散らばる。
入れたばっかの紅茶が肩にぶっかかって、ジクジクと俺の肌を焼いていく。
痛いけど、何故だか嬉しいような、望んでた何かを達成したような。
「死ね、死んじまえ、そんでイングランドの名を俺に寄越せ」
あいつの、俺を蔑むような目。
それこそ、今の俺が欲しかったものなのかも知れない。
そこら辺に転がっていた、まだ空いてないエールを俺にぶっかけて、既に溶け始めている氷を噛み砕きながらそいつは俺の元から去った。
「…ハハッ…」
静まり返った荒れ果てた部屋に虚しく響いた俺の声。
もう溶けて小さくなった氷を二つほど口に入れると、鉄の味がより増してズキンとどこかが傷んだ。
END