第6章 土曜日
「・・・・あーあ」
綾雁の勤める書店が見える喫茶店で紅茶を啜りながら、全蔵は頬杖をついて声を洩らした。
「閑古鳥が鳴くってあんな感じか・・・」
頬に黒い墨を付けた綾雁が店表に現れた。
今日も打ち水をするつもりらしい。
全蔵は凛とした風情で袖をたすき掛けする綾雁をじっと眺めた。
通りがかる人に穏やかに挨拶しながら木桶から柄杓で水を掬い、慣れた様子で打ち水する綾雁は品良く美しく、それだけに頬の真黒な墨痕が人目を引く。
暫しそんな綾雁に見入って、全蔵はだらしなく椅子の背にもたれ掛かって顎を上げる。
「焼きが回ったな、俺も」
かくしを探って小銭を掴み出し、それを数えてレジに向かう。
「こんな事してる場合じゃねえなあ。俺もそろそろバイト先探さんと・・・」
呟きながら店を出て、敢えて書店の、綾雁の方へ向かう。
綾雁が全蔵を見止める。
気付くのが早い。勘がいい。
全蔵は何食わぬ顔で歩き続けた。
綾雁は打ち水する手を止めて全蔵を見ている。
綾雁の頬の墨がいっそ目に眩しい。
苦笑してその前を通りすぎかけた瞬間、綾雁が匂い立つような嫋やかな笑みを浮かべて会釈した。
「・・・・・・」
全蔵も無言で浅い会釈を返して行き過ぎる。
少しく行き過ぎて振り返ると、こちらを見送っていた様子の綾雁が再びおっとりと会釈した。
「・・・詰まんねえ事になったな、ホントによ」
今度は礼を返さずに、全蔵はまた歩き出した。
「俺の前じゃ、墨は拭いといて貰いてえなあ。クワバラクワバラ」