第27章 月夜烏は火に祟る
今夜は珍しく、妖しく光る月の周りを何羽もの烏が飛び回っていた。
「…こんな夜中に烏なんて珍しいな」
「…そうですね」
烏は興奮したようにただ月の周りを飛び回りながら鳴くことを繰り返していた。
遠くに見える江戸の街では、相変わらず喧騒の中で大勢の人々が今も忙しなく活動しているのだろう。
「うるさくて眠れやしねェ」
「…何か、起こるのでしょうか」
夜中に烏が鳴いているなんて何か不吉なことが起こる前兆なのだろうか。
なんだか胸騒ぎがして、それを抑えるために凛は拳を握った。
「…なんだか嫌な予感がします」
「…さあな。だが月夜烏は火に祟るとはよく言ったもんだ」
その言葉の通り、何か災いがこの江戸を襲うのではないか。
ふとそんなことが頭をよぎった。
「江戸に災いが起きようが知ったこっちゃねえよ」
「…でも江戸には…かぶき町には……っ、…ごめんなさい」
『かぶき町』。
この町の名前を出すと、高杉に嫌なことを思い出させてしまうような気がして咄嗟に口を噤んだ。
相変わらず烏は鳴いているが海は穏やかで、現在は何も災いが起きているとは考えられなかった。
「…凛」
「…?はい」
「…俺にはあの烏共が白く見える。…お前には何色に見える?」
高杉は真っ直ぐに烏を眺めながら言った。
「…烏は真っ白です」
凛はそう答えると、高杉はフッと笑って優しく凛の頭に手を置いた。
「…お前も俺と同じか」
「…はい。晋助様が正しいです」
江戸に災いが起きようとも、この人が正しいと言えば正しい。
月夜に舞う烏でさえ、この時凛の目には幸福の象徴のように映った。
~ 月夜烏は火に祟る ~