第1章 【序章】闇夜の蝶
「……凛」
今夜は満月。
この艦の甲板から見る月は、いつも他で見るよりも何倍も大きく輝いて見える。
その甲板の一番海に近いところ。
まるで宝石のような月を眺めるその男は片膝を立て、座りながら低い声で誰かの名前を呼んだ。
「…こっちへ来い。今日は月が綺麗だぜ?」
海の上は潮風が吹きすさび、氷のような寒さが肌を刺す。
その男に名前を呼ばれた女性ーーー白石凛は言われるがまま男の隣に腰を下ろした。
「…今日の月は一段とデケェな」
「…今にも空から落ちてきそうですね」
凍てつくような空気を吸えば、体が凍りつきそうだ。
だがそれに代わって満天の星空と月は今までに見たことがないくらいに綺麗で、思わず見とれてしまう。
「…月を見るのはいいけれど、寒くありませんか?」
「……寒ィ」
話すたびに息が白くなっては消える。
すると男はおもむろに凛の肩を抱き、強引に引き寄せてその唇に口付けた。
「んっ……」
白くなって吐息が漏れる。
その場には誰もいない。
その他の時間が止まったように、ただ二人だけの時間がゆっくりと流れた。
長い長いキスに、凛は酸素を求めて男の胸を軽く叩くと、その蕩けたような表情に男は満足気にニヤリと笑った。
その顔は何者にも勝るほど魅力的に見えて、もはや月など瞳には映らないほどだ。
ずっと恋焦がれ、心酔する相手からの口付けに身体が熱くなるのを感じる。
いつもそうだ。
「…好きだぜ、凛」
「……わたしも大好きです、
……………晋助様」