第2章 療養
「っ…ハルラさん、私は…」
「っ、はぁ、セルナール、様?」
名前を呼ばれて顔を上げたら、肩越しに覗き込んだセルナール様のお顔が思ったよりも近くに有った。吐息がぶつかる程の距離の彼の顔は、凄く綺麗で睫毛も長くて目を奪われてしまう。
そのお顔が更に近付いて、唇が触れそうになって私は固く目を閉じた。
キス、しちゃうーーー
その時、コンコンとノックの音が聞こえた。
後少し、と言うところでセルナール様の動きが止まった。私が恐る恐る目を開けると、彼の明らかに不機嫌そうな表情が見えた。珍しい。
もう一度ノックの音がした。するとセルナール様は観念したように大きく息をつくと、私の服を整えてシーツを上から被せた。それから扉の向こうへと返事をした。
「何です?」
返事が素っ気ない上に声が心なしか低い。
「し、失礼致します。遠征中の部隊が帰還しましたので報告会議に出席して欲しいと団長が…」
扉の向こうから聞こえた声は明らかに怯えていた。
「わかりました、行きます」
答えたセルナール様は名残惜しそうに私の手を持ち上げると、その甲へと唇を近付け音を立てて口付けた。まるで物語の騎士がお姫様にするみたいな手の甲へのキスに私は顔が熱く湯だってしまった。
「て、てて、手に…」
「残念、時間切れの様です」
セルナール様は持ち上げた私の手に自分の手を絡めた。指と指を絡めて固く握ると、恋人のような手の繋ぎ方にどうして良いかわからなくなる。
「医師から聞きました。本当はここに貴女を閉じ込めて誰の目にも触れさせたくは無いのですが…仕方ありませんね」
空いた手で、セルナール様が優しく私の頬に触れた。
「また会いに行っても良いですか?」
小首を傾げながら問われて、その美しさに必死で頭を振って頷いて見せた。
「良かった。先程の事でもし嫌われでもしていたらと…」
「き、嫌いになんてなりません!」
しょんぼりと肩を落とす姿に慌てて答えた。
「本当に…嫌いになんてなってませんから!」
そんな必死な私の言葉に、顔を上げた彼は笑っていた。
「本当ですか?!あぁ、良かった!」
セルナール様は嬉しいです、と屈託無い笑みを浮かべて私の頬に
ーーーチュッ
軽く口付けた。
「では、また」
満足そうに部屋を出ていくセルナール様を、私は真っ赤な顔で見送ったのだった。