第27章 ウェディングプランナー
手がガックリと自分の脚にあたって
ふ、と意識が戻った。
遠ざかっていく新幹線に手をふりながら
私は何を考えていたんだろう。
丸でも四角でもない形の窓から
切り取ったように見えている
黒尾さんの顔に、
笑顔を向けるのが精一杯だった。
泣かないように。
心配させないように。
黒尾さんがどんな表情だったかさえ
覚えていない。
ただ、
自分の心臓がギューッと締め付けられて
左胸が苦しかったことは覚えてる。
遠距離恋愛。
私の選んだ答えは正しかったのだろうか?
せっかく
"結婚しねぇか?"と言ってくれたのに。
あれほど夢見ていた…そして諦めていた…
"花嫁"になれるチャンスだったのに。
黒尾さんのことを信じているけれど、
遠距離恋愛で誠実を貫ける男性が
本当にいるのだろうか?
もう、会いたい。
すぐ、会いたい。
会って、声を聞きたい。
会って、抱き締めてほしい。
手を繋いで、歩きたい。
ほら、この左手。
ほら、この唇。
黒尾さんの感触を忘れられなくて…
手を握りしめ、唇を噛み締めた。
おかしなものだ。
黒尾さんとつきあう半年前まで
一人でいてもちっとも平気だったのに。
二人の幸せを知ってしまうと
一人の淋しさが身に染みて。
…今夜は大将のところに寄ろうかな、
そう思ったけど、やめた。
帰ろう。
今朝まで黒尾さんと過ごした部屋へ。
早く、独りに慣れないと、
家に帰れなくなってしまう。
今夜だけは、泣いてもいいよね。
明日からは、仕事、頑張るから。
来るときは二人だった駅を
一人で後にする。
サラリーマンみたいな人を見れば
黒尾さんに見えて
カップルを見れば、
さっきまでの私達みたいに見えて
シルバーのトランクを見れば
黒尾さんのトランクを思い出して
トレンチコートを見れば
黒尾さんによく似合ってた
ちょっと個性的なネイビーカラーの
トレンチコートを思い出して
赤いスニーカーを見れば
うちの狭い玄関でどーんと場所を占めてた
黒尾さんの
大きな赤いコンバースを思い出して
夕焼けを見ても
夜空を見ても
黒尾さんを思い出して
途中、コンビニで
ビールを一本だけ
…一人だから…買って、
泣かないように必死に、
真っ直ぐ、真っ直ぐ、
家に向かって歩いた。
…家に帰ったら
玄関に私の靴しかなくて、
やっと、涙がこぼれた。
