第59章 連れ去ってくれたなら
「空って遠いよね」
ポツリと呟いた。
目の前にはただただ空が広がっていた。日照時間以外に、表す言葉が見つからないくらい。
「遠くなきゃ空じゃないよ!」
隣の彼が眩しい笑顔で答えた。汗がポタリ、と顎から垂れる。
そうだね、と言いながら顎から垂れる前に私も汗を手でぬぐった。
蝉が必死の求婚のために鳴き乱れる中、私達は目的の場所へ続く坂道を登っていた。
今日は何の理由もなくtrickstarで集まることになっていた。誰が言い出したのか、誰がそうしたかったのか、よくわからないままこの晩夏に集まることになった。
今鳴いている蝉達はいわゆる<売れ残り>で、伴侶はまだまだ見つからないようだ。そう思えば求婚のためというより本当に悲しくて叫んでいるように聞こえてきた。
あぁ、夏だなぁ!
イライラするほど実感した。でもあと少しでその夏も終わる。制服のシャツをグッショリ濡らす汗が恋しいような秋が、冬が、来てしまう。
坂道を登っているこの足も悲鳴をあげ出した。というか、一緒に歩いている……いやもう走ってるに近いか。スバルくんのせいだけど。
「三人がアイス買って待ってるって!はやく行こうよ!!」
スマホを片手にスバルくんが私の手を引く。汗ばんだその手は離れることなく、私を導いていく。
私達は今日どこへ向かい、何をするのか。
何の計画もなく集まる星々。そのうちの一つに私はなれたらしい。
悲痛な蝉の声は止むことを知らず、無意味なほどに鳴き続ける。
その悲劇を耳にしながら私達は今日も集い無駄に一日を過ごす。
「おーーーい!」
逆道の上に三人の人影が見えた。その中で一番小さな影が大きく手を振っていた。
ポタリ、と拭いきれない汗が垂れた。
アイスが入っているであろう北斗くんが持っている袋を見たとたん、スバルくんが速度をあげた。無意味な一日を、意味のある一日にするために。
私は彼の手を強く握り返し、思いっきりアスファルトを蹴った。
蝉が鳴く。
どうか、連れ去ってほしい。
この悲劇のない場所まで。
連れ去ってくれたなら、そこで意味のある一日を一緒に過ごそうか。