第64章 【烏と狐といろいろの話 その5】
「言っとくけど別に下心はなかったからなっ、美沙さんのベストの糸がこっちにひっかかった流れでたまたま喋った結果なだけだからっ。」
「それよりままコさんが問題やろ。茂庭君は誠実そうやからええけど、そうやなかったらどないするつもりやったんや(そうじゃなかったらどうするつもりだった)。」
「北さん、それは俺からも言ってあるんでその辺にしてもらえると。」
「なあ、もし北さん相手やったらどないなん、ままコちゃん。」
「えーと。」
更に面白がった侑に聞かれた美沙、うっかり返事を逡巡(しゅんじゅん)したのはまずかった。
「こら。」
北が美沙の頭を撫でていたその手を止め、美沙は先の澤村、茂庭に匹敵する圧を感じて瞬間的に固まった。瞬間接着剤も超える凝固速度かもしれない。
一方で北はその後輩達にするように、淡々としかし威厳をもって言った。
「この期(ご)に及んで迷いな(まような)、俺が相手でもついてったらアカン。返事は。」
「は、はひ。」
「お兄ちゃんもほんまこの子なんとかせえ、他人の悪意に鈍感いうても限度あるで。まずは若い女子の自覚をちゃんと持たし(持たせなさい)。」
「面目ないです、善処します。」
出先で客人に面白がられ、客人に叱られている縁下兄妹、もはや意味不明な絵面(えづら)である。
「僕ら一体何見せられてるの。」
「ツッキー、突っ込んだら負けだよ、きっと。」
「大地、あれいいの。」
「言うな、旭。北君の言い分が正論過ぎて口の挟みようがない。」
烏野側で澤村がこめかみに汗を浮かべて呟いたその時だった。
「美沙すわあああああああんっ。」
どこかで聞いた田中・西谷系統のやかましい声が響いた。
次章に続く