第2章 ・幸いと悩み
そして今日もである。
「兄様、おかえりなさい。」
「ああ、ただいま。」
相変わらずだ。
「あの、洗濯するものは先に引き取ります。」
「必要ない。」
「そうですか。」
多分本当に自分でやるから必要ないと言っているのだろうがあまりにも紋切り型というか何というか味気のない話である。
「夕飯は出来ています、今日は私が作りました。お祖母様はお出かけです、お友達と外で食べてこられるとのことです。」
「そうか。」
どうしようと文緒は思う。この人が何を考えているのか何も考えていないのかまったくわからない。
「お母様に声をかけられるならお部屋です。」
「わかった。」
そのまま若利は靴を脱ぎ、鞄を担いでとっとと文緒の側を通り過ぎていく。残された文緒はまたこっそりショボンとしてため息をついた。
そもそもは自分の言い方にも問題があるのかもしれない、若利の事を兄様と呼んでいるし緊張してどうにも敬語が抜けないのだから。しかしどうも若利を見ると自然に"兄様"だと文緒は思ってしまう。クラスの連中にも呼び方が古風過ぎだしどっかのお嬢様みたいだと笑われた。特に五色は笑い転げた。しかしどうにも止まらない。
「食べないのか。」
箸が止まってしまった文緒を見て若利が言う。
「いえ、食べます。大丈夫です。」
文緒は首を横に振り、自分で焼いた魚を口に運ぶ。我ながらうまく焼けたと思うが目の前の"兄様"からは特に感想がない。もしかしたら文緒は思った。この人とはこのままでいくのか。義母はなるべく若利の側にいてやってほしいと言っていた、そうはするけどあまり深く会話したいとかそういった事は自分から望まない方がいいのか。自分は稀に必要になった時の道具としてこの人の側にいるのが早いのか。いやそれは義母に求められている事と違うと思われる上にあまりに自分が辛い。
前の学校にも友達がいない文緒がこの時点でも相談できるような友達がいなかった事は不幸だ。編入してしばらく牛島文緒は1人悶々と悩み続ける事になる。
次章に続く