My important place【D.Gray-man】
第48章 フェイク・ラバー
「…憶えてたのか」
「所々、なら」
「あれはお前を止める為に負うべき傷だった。それに俺だってお前を刺したんだ。フェアだろ」
「…うん」
記憶は断片的だったが、神田に手の甲を刺された痛みは憶えていた。
フォークスのお陰で傷跡一つ残っていない手の甲を、そっと指先でなぞる。
雪のその行為を視界の端に、神田はふと疑問を口にした。
「どこまで記憶にあるんだ。ノア化していた時のこと」
「トクサにこれを解放されてからは、あんまり憶えてないの…痛みとか色んなものが頭の中をぐちゃぐちゃにして」
これと言って雪が目線で促したのは、首に嵌められているチョーカー型のイノセンス。
白い人影や混沌とした無数の人々の顔のことは口にせず、雪は俯き加減に事を伝えた。
「でもトクサの声や、ユウの声は途切れ途切れに聞こえてた。助けようとしてくれたんだよね…ありがとう」
「それはお前もだろ。あそこでお前がノアの力を解放してなきゃ、鴉野郎は死んでいた」
「でも……それだけじゃなかった」
暴走したノアの力は建物を破壊し尽くし、仲間にまで手を上げた。
教団の為に、何より神田を守る為に契約した力だと言うのに、利益よりも周りへの被害の方が大きく思えてしまう。
(私のこれは、イノセンスとは違う)
わかりきっていたことなのに、実際に目の当たりにしてしまうと愕然とした。
未知の大きな力を持て余すことが、どれだけ危険なのかということが。
どんなに教団の為に戦おうとも、エクソシストである神田達とは違うのだ。
自分は、イノセンスに選ばれた訳ではない。
それを破壊することしかできない存在。
「迷惑をかけて、ごめんなさい」
項垂れるようにして頭を下げる雪を、沈黙したまま見下ろす。
脳裏に浮かんだのは、神田の心に引っ掛かったままの光景だった。
「…なんであの時…」
雪が意識を取り戻し、そして気を失うまでの一瞬の間。
神田の腕の中で確かに目を見て、そして口にした言葉。
「あんなこと言ったんだ」
「…あんなこと?」
所々しか記憶はないと言った。
憶えていないのか、その時のことだと気付いていないのか。
「…いや。なんでもない」
それ以上の問い掛けは止めた。