第14章 変わったような、変わらぬような
牡蠣殻は早々にへたばった。
走るのを止め、どこぞの塀に手をつき、肩を大きく上下しながら俯けた顔から空えずきの音をさせている。よくよくえずく女である。
鬼鮫は目を細くしかめてその傍らに立った。
「気がすみましたか?」
薄い背中を見下ろして、低く問う。
「何でいつもいつも逃げるんです?そんなに私が厭ですか」
牡蠣殻が脇腹を押さえながら立ち上がった。眉間に深いシワを寄せて、あまり快調とは言いがたい様子である。
「いや、干柿さん。木の葉で分かれたのは角都さんの事情だし、今逃げたのは条件反射です。不可抗力ではありますが約束を破ってしまいました」
掌を開くとチャリリと音がした。
鈍色の鎖が絡んだ、鈍色の指輪が現れる。
鬼鮫は溜め息を吐いて腕を組んだ。牡蠣殻の血の染み込んだ衣服と傷だらけの手を見やり、眉根を寄せる。
「ボロボロですね?角都と居て砂に保護されてそこまでの様になるとは、あなたの業も余程深いようだ」
鬼鮫は一度口を引き結んで黙り、また口を開いた。
「慣れない匂いがする。煙草を変えましたか」
「ああ・・・これは先生の煙草です。山椒の花を使うそうで、 不思議な刺激のある煙草・・・」
「自分の煙草を吸いなさい」
「は?・・・はあ・・・、ちょっと切らしっぱなしで、今手元にないんです」
訝しげに答える牡蠣殻の顔を思い切り張ってやりたい衝動に駆られながら、鬼鮫は組んだ腕をほどいた。
「歩けますか。立ち話は目立つ。来なさい」
先に立って歩き出した鬼鮫の後を牡蠣殻は困惑した様子で追った。
「・・・あなたは本当にどうしようもない人だ」
牡蠣殻が並んで歩けるよう歩調を落とした鬼鮫は、感情を抑えて抑揚のない声を出した。
「あなた自身にも多々問題がありますが、かてて加えて間が悪い。最悪ですよ」
自分の長いリーチに大股でついて来る牡蠣殻を見下ろし、足も止めずに指輪を握っている側の手首をとる。
「何であのガキがこれを持っていたんです?返答によってはこれが永の別れになりますよ?」
「砂で手当て頂いたときに外されたのだと思うのですが、後の事は私にもわかりかねます」
ギリギリと手首を締め上げられて、牡蠣殻は顔をしかめた。
「折角下さったものを結果的に粗雑に扱ってしまいました。すいません」