第11章 **Special Thanx*
満月の夜の月明かりは金星の約1900倍あると、朝のニュースでちょっと可愛い天気予報のお姉さんが小ネタを披露していたのを俺はふと思い出した。
「今日は天気もいいみたいだし、満月見えっかなー。」
通学路のすれ違う人達は、朝の冷んやりした空気に半袖から出た腕を摩り、ハイヒールを鳴らすOLは肩にかけた淡い色のカーディガンを揺らす。少しずつ日中の陽射しも和らぎ、もう数日もしたら衣替えか、と俺は肩からずり落ちかけた鞄をかけ直した。
こんな風に季節の移り変わりに思いを巡らすなんて、真ちゃんに言ったら「高尾らしくないのだよ。」って言われそうだ。でもちゃんに出会ってからというもの、あまりに色んな物が今までと違く見えるもんだから、今ではコレが正常運転になりつつある。
ちゃんはごく普通の女の子だ。派手じゃないし地味じゃない。騒がしくないし静かでもない。ただ、普通の女の子が見ていない時間を生きているようなそんな子。
春には花粉で鼻をやられてる癖に桜の花が散るのを見たがり、夏には俺の汗が綺麗と言い、帰り道は18時の茜色に染まる夕焼けに胸を焦がし、暗くなれば星座の話をする。他の高校生がファーストフードを食べながらコイバナで盛り上がっている時に、そうじゃないことをやっている、そんな特別さが俺には新鮮なのかもしれない。
「ちゃん、おっはよー!」
「おはよー!ねぇ、和成。満月って金星の何倍明るいか知ってる?」
通学路で行き合った恋人は朝から興奮気味だ。
「1900倍っしょ?」
横目で自慢げにチラリと視線を送ると、身体を一瞬ピクリとさせ、恥ずかしそうに目線を外してくるから可愛くて仕方ない。
「な、何で知ってるのー!?」
「さあ、何でだと思う〜?」
「もしかして、おは朝?」
「あったりー!」
彼女が好きな事に自分が感化されていくのがわかる。
「早く月出ないかなー!」
「俺にはちゃんの照れ顏の方がよっぽど輝いて見えるけどね〜。」
宇宙に浮かぶ球体が、
ただ丸く、いつもより眩しいだけの事。
「ちゃん。」
「ん?」
「今日一緒に帰らねぇ?」
たったそれだけなのに、凄く特別な事になるのは、君が特別だから。
十五夜の月を最初に見上げた大昔の誰かも、きっと誰かを想っていたと俺は思う。
fin.