第1章 秋の香り
秋。
秋といえば食欲の秋。
彼は今日もよく食べる。
「紫原君、そんなに食べて大丈夫?」
「ん?全然大丈夫だよ〜。むしろまだ足りないくらい」
今月の9日に誕生日を迎えたという彼は、山程のお菓子を貰っていたというのにそれも綺麗に平らげたらしい。
ちなみにまだ中旬である。
いつもお菓子片手にいる彼の印象は、背の高い鉄壁バスケ部というよりも、お菓子回収機だ。
道行く人にお菓子を貰い、それをポケットに入れて持ち歩く。
まぁそういう私も会えば彼にお菓子を与えているのだが。
「これいる?実習で作ったマフィン」
「すっごい美味そ〜。いいの?」
「うん、いいよ。私、食事制限中だし」
なんたって、お菓子を頬張る彼の顔はとても幸せそうでこちらが癒されるものだから。
きっと、与えている人みんながそうなのだろう。
もしくは動物園の動物への餌付けの感覚か。
「あ、これサツマイモ味だ〜。秋の味覚だね〜」
「そうそう、どう?美味しい?」
早速その場で包装を開けて一口食べる彼に、恐る恐る尋ねてみた。
なにせ、作るだけ作って味見をしていないのだから。
生なんてことはもちろん無いだろうけど。
「うん、美味しいよ〜。ちんも食べなよ」
「いらないよ」
「えー、別にダイエットしなくても、ちんスタイル良いし大丈夫だよ〜?」
「うーん…」
この季節、美味しいものが増える。
ちょっと油断するとすぐ体重が増えるのだ。
だけど彼といると……
「じゃあ、一口だけ」
「ん。ハイ、あーん」
ついつい食べてしまうのだ。
「ね、美味しいでしょ?」
「…うん。美味しい」
他の人とは出来ない、どんな私も受け入れてくれる彼だから、出来ること。
人と距離を置くことをしない彼にだから、見せられる顔。
「ちん料理上手だね。また作ってよ〜」
「なにが食べたいの?」
「んー…超甘いやつ」
「何それ曖昧すぎ」
「だって、何でも好きだし」
「じゃあその時までのお楽しみね」
「うん」
こんなにも人といることが心地良いものだと知れたのは、彼と出会ってから。
もっと早く知りたかったと思いつつ、それを教えてくれたのが、甘い香りのする彼で良かったとも思う。
甘くて美味しいものが増えるこの季節。
私の世界は彼色で染まる。