第4章 顔
「涙、もう止まりましたし、平気ですよ。」
悠里ちゃんは、案外ケロリとしていた。理由を尋ねても、「分からない」とのことだった。コウちゃんは俺のせいだ~って言ってたけど、当の悠里ちゃんが「分からない」って言ったんだから、それって俺のせいじゃないんじゃないのか?と思う。
「かがりさんでも、慌てることあるんですね。」
「そりゃあね。」
悠里ちゃんが、くすくすと笑いながら。
「仕事中なら、状況ヤバいときとか普通に焦るし。」
「でも、お仕事中に、泣いてる人とかもきっとたくさん見ますよね?だから、本当に、狡噛さんの言ったことは気にしないでくださいね?私、かがりさんのせいとか、全っ然思ってないですし!」
確かに、泣いてる人間は、老若男女問わず任務中たくさん見てきた。それこそ、数えていられないほどに。その中には女もたくさんいた。自分の恋人が『潜在犯』とし連行された時に泣き叫んでいた女、わが子を犯罪の人質に取られた母親の阿鼻叫喚、『執行』される人間を見る羽目になった女。でも存外、『自分』に向けられた泣き顔というのは、ほとんど無い。俺が5歳のときにサイコパス検診に引っかかり、施設に送られる時の両親―――――母親の悲痛な顔が、瞼に焼き付いているぐらいのものだ。もう、両親の顔なんてほとんど思い出せないのに、その顔だけは、今でもはっきりと――――――
「―――――――かがりさん?どうしたんですか?」
悠里ちゃんの声で、我に返る。目の前の悠里ちゃんは、俺のことを心配そうに見つめている。俺は今、どんな顔をしていたのだろうか。少なくとも、ほぼ初対面の彼女が変化に気付くくらいには、顔なり態度なりに出ていたのだろう。あー、嫌だ。湿っぽいのは苦手だ。それなのに、自分から余計なことを思い出してどうするんだ。
「ん?別に。」
努めて普通に。どうでもいいことを、日常の取るに足らないことを考えていました、という口調で。
「まっ、コウちゃんに責任取れって言われちゃったし?ねぇ悠里ちゃん、この後、何か予定ある感じ?」
「いえ。ドローンの仕事を見届けたら、今日はもう上がろうと思います。」
よし。
挨拶でもするように、軽く。
「じゃあさ、ウチで晩飯でも、どう?」