第35章 『猟犬』 Ⅴ
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それから数日間、俺は予定通り入院生活を余儀なくされた。毎日、検査と投薬、怪我の外科的処置を受ける以外は、暇な時間を過ごしていた。クニっちに、デスクにある携帯型ゲーム機と充電器、ストックしてあったソフト一式を持ってくるようにダメ元で頼んでみれば、休憩時間にわざわざ持ってきてくれた。「明日は大雪だ」なんて言葉が口をついて出そうになったが、それは藪蛇(やぶへび)だ。余計なことは言わず、礼だけを言っておいた。暇さえあればゲームに耽(ふけ)る。それは、施設で過ごした日々を彷彿とさせた。ゲームで暇を潰しているのか、それともゲームにのめり込んでいるのか。その境界線は俺にとっては薄い。そもそもそれを考える意味こそ薄いのだが。
痛みは、日を追うごとに引いて、もうあまり感じなくなった。まぁ、定期的に飲まされている薬の効果なのかもしれないが。それにしたって、腰、脛、足部は、ネイルガンによって射出された釘がほどほどに深く刺さったにも関わらず、簡易オペとその後の投薬で事足りたらしい。多少の傷跡は残っているが、それだって投薬と処置をしばらく続ければ、1カ月後にはほとんど跡形も残らずに完治するらしい。
左目の横の怪我は、緊急性を要さないということで、最低限の処置だけを済まされ、後回しにされた。退院直前に、一応の処置をされて、そのまま退院した。普通に服を着れば、目の横の絆創膏以外は、特に変わったところが無い。身体動作も異常なし。
退院してすぐに、一係のオフィスに出勤。どうやらこんな状態の『猟犬』でも使わないではやっていられないほどに、公安局刑事課の人員不足は深刻らしい。俺のシフトは、退院直後から通常勤務のそれだった。恐らく、コウちゃんもだろう。
一係のオフィスには、コウちゃんがすでに出勤しており、モニターに向かってデスクワークに勤しんでいた。俺と同様、外見上目立ったところは無い。予定通り治療を終えたのだろう。さて、どう話し掛けるかな、ここは気の利いた冗談でも飛ばすべきなんだろうか、なんて考え始めたまさにその瞬間、エリアストレス上昇の警報が鳴り響いた。何というか、相変わらず空気も何もあったもんじゃない。