第3章 瞳をあけたままで~斎藤一編~
相変わらず盲目とは思えないしっかりとした所作で洗濯物を干している時尾の姿が僅かに滲む。
干されている洗濯物を見る限り、此処には時尾とその両親しか居ないように思えた。
何と声を掛けようか……
俺が決め兼ねたまま近付いて行くと、ふと時尾の動きが止まり
「………一さん?」
何かに気付いたように呟く声が聞こえる。
「俺の匂いを覚えていてくれたのか?」
微笑んでそう言う俺の方に振り向いた時尾の目からぽろぽろと涙が溢れ出し、覚束無い足取りで此方に駆けて来た。
「危ないっ……」
俺も駆け出し時尾の身体を胸で受け止める。
「一さんっ…………一さん……っ」
俺の名を呼びながら泣きじゃくる時尾を抱き締め、何度も啄むように口付けた。
「長い間……待たせてすまなかったな。」
俺の言葉に時尾は大きく首を横に振り、確かめるように俺の髪に、顔に、身体に手を這わせる。
「髪が…短くなりましたね……」
「ああ。」
「……少し痩せましたか?」
「そうかもしれない。」
「でも……本当に一さん…なんですね。」
「ああ……俺だ。」
「………………っ」
時尾の目からはまた耐え切れなくなったように涙が溢れた。
その涙を指で拭いながら俺は時尾に問う。
「極寒の地での不便な暮らしになってしまうが……
俺に着いて来てくれるだろうか?」
「はい。一さんと一緒なら何処まででも……。」
「ありがとう……時尾。」
五年前と何一つ変わらぬ時尾の想いと、その可憐な笑顔に俺の心は歓喜に震えた。
愛おしくて堪らない時尾の身体をぐっと抱き寄せて頬を撫でる。
そしてその潤んだ大きな瞳に映る自分の姿を見つめた。
「時尾……もう一度…口付けるから………
そのまま……目を開けたままで……」
了