第16章 【あなたの名字】不二周助
「不二の苗字ってさ、最初、オレ、藤の花の藤だと思ってた。」
そう言う英二に、うん、よく間違われるよ、なんて答えると、バサバサと後ろで盛大に本を落とす音がする。
振り返るとそこにいたのは、いつも昼休みに中庭の藤棚の下で本を読んでいる女の子。
落としたよ、そう本を拾い手渡すと、真っ赤な顔で、スミマセン、と小さく呟く。
あの子、不二に気があんじゃないの?なんて言う英二に、さあ、どうだろうね、なんて答えながら走り去る彼女の背中を微笑ましく眺める。
それから彼女の姿を藤棚で見かけなくなった。
どうしたのかな?なんて気になりながら、参考書を求めて立ち寄った放課後の商店街で、聞き覚えのある声に思わず視線を向ける。
「もう、いい加減にしてよね、毎日毎日!」
「そんなこと言わないでお願い!」
「イ、ヤ!あんたにつき合ってたら身体は太って財布は痩せる一方!」
そこにいたのはやっぱりあの日の少女、友達とケーキ屋さんの前で口論している。
「だって、ここ、不二先輩と同じ苗字のお店なんだもん・・・」
「だからって毎日ケーキなんて無理!前みたいに藤棚にいればいいじゃない!」
「漢字が違ったんだもん・・・」
「いいじゃん、ひらがなが同じなら!あんたもし『富士』だったら毎日富士山に登るっての!?」
そんな2人のやりとりが可笑しくて、思わずクスクス笑ってしまうと、僕に気付いた彼女達が口をパクパクさせる。
そんな彼女にごめんね?と謝って、それからこんなのはどうかな?そう提案する。
「僕と一緒に藤棚の下で過ごすっていうのは、解決策にならない?」
そんな僕の言葉にボーッとする彼女の肩を、ほらっ!と友達が慌てて叩く。
「ヨ、ヨロシク、オネガイシマス・・・」
まるでケーキのイチゴのように真っ赤になって答えた彼女と過ごす藤棚での昼休みは、僕にとって毎日の楽しみな時間になった。
【あなたの名字】不二周助