第8章 強かもの〜葉月椎視点〜
重い瞼を少しずつ開ける。目の前にはどこか見覚えのある天井。背中に感じるのは、いつもより柔らかな布の感触。
(…頭…痛い。)
しかし、そんな感触とは裏腹に頭には鋭い痛みが走る。視界も意識もはっきりしないまま、ふと視線を横にずらす。
(絵夢…?)
耳に届くのは、大切な人の小さな寝息。突っ伏した状態で眠る彼女の表情はどこかあどけない。
もっと近くで見たくて、いつもより重たい身体を横に向ける。自分の顔と同じ高さに彼女の顔があるのは新鮮だ。
『…昨日は、ごめんね。』
徐々にはっきりとしてくる意識の中で、彼女の涙を思い出す。どうして泣いていたのかはわからないが、自分のせいで泣かせてしまったのは確かだ。
「ん…」
顔にかかる髪を、そっと耳にかけてやるとくすぐったそうに顔をうずめる。その姿がたまらなく愛しくて、つい頬を緩める。
『ほんとに…帰ってきてくれて、良かった…』
彼女には感謝してもしきれない。赤の他人の自分を、嫌な顔ひとつせずにこうして家に置いてくれているのだ。
彼女を見ているだけで、彼女といるだけでいろんなものをもらえる。
(……あれ…?)
ここにきて唐突に気がつく。ここは彼女の部屋で、自分が寝ているのは彼女のベッドだ。
服も寝巻きに替えられていて、額には冷却シートが貼ってある。そしてもちろん、彼女は上半身をベッドに突っ伏した状態で布団などは一切かかっていない。
(…風邪、ひいちゃう…っ!)
自分のことを棚に上げ、ベッドから飛び起きる。そして、彼女に毛布をかけようと静かに彼女の後ろに回り込む。
しかし、彼女の服は帰ったときと同じもので、雪の湿り気が残っている。このまま毛布をかけては、毛布までが水気を帯びてしまう。
(…起こさなきゃ、ダメ…かな。)
気持ちよさそうに瞼を閉じている彼女を起こすのは、かなり躊躇われる。
少しでも長く、この幸せそうな寝顔を誰よりも近くで眺めていたい。一生忘れないように、自分の瞳に焼きつけておきたい。
「っくしゅ…」
彼女が小さくくしゃみをする。寝ながらくしゃみをするとはなんとも器用だ。
それでも彼女が夢から覚めることはない。やはり、このままではいけないと意を決して彼女に手を伸ばす。