第1章 大野智の場合。
「ちゃん、今
樹脂粘土持ってる?」
突然の電話。
会話の中の言葉はいつもそう。決まって絵の具やら、樹脂やら、デンノコやら、色気のない名詞たち。
「うん、持ってるよ」
私、あなたの希望する大概のものは持っています。
「あ、まじ?助かる~。
営業中に寄る時間ないから、
明日の夜家、行っていい?」
私はいつもこの質問に言葉が詰まる。そして私が言葉を発する前にいつもは遅いはずの切り返しが綺麗に冴えて。
「あ、別に明日じゃなくてもいいけどね?」
柔らかな声でそうやって逃げる隙を与えてくれないから、私は17年間、大野くんの網にかかったままだ。