第5章 今剣 そして、二度目の出陣
今剣が相手をした敵とは別に敵ーー加州が蹴り飛ばした敵が背後を狙うのが目に映った。
狙われている今剣は気付いて無い。
「なんできいてないんですか…?」
それよりも、攻撃が相手には痛みすら感じさせてない事に今剣を動揺させていた。瞳が揺れている。
「今剣!!」
もう一度、加州は名前を呼ぶ。これでもかという程声を大きくして。
揺れた加州とは多少違う赤い色の瞳が、名を呼ばれた事によって意識が戻って来た。でも、遅かった。
「くそっ…!」
敵の刃は今剣の頭上に向けられて、下ろされていた。
気配が分かり、後ろを振り向いて今、どんな状況の下に居るのか理解しても、回避は不可能に近かった。
「う、そ…。」
今剣は目を瞑り、刃が来るのを待つしかなかった。だが、来ているはずの痛みが、一向に来ない。チリンと鈴の音が耳に届いた。
恐る恐る目を開けるとーー、黒い背中。
「…か、加州…!」
「ちっ…。走れ!!」
薄いベールのようなものが、今剣を庇う様にいた加州の前に展開している。ベールをよく見れば、唐笠を被っている式神が刃を受け止めていた。
膜が割れたと同時に、また蹴り飛ばす。その際に敵の刀が加州の頬を翳む。一筋の線が生まれ、赤い液体が流れる。
言われた通り、全速力で誰もいない所へ走る。それを見た加州は後を追う様に走り出す。
(土方さんや、一緒にいる人達まで来た…。)
ちらっと見た方向から、人が大量に来るのが見える。彼の顔は苦虫を噛み潰したような顔になる。
気付かれないようにしていたのに、立ち止まってしまった。
「総司…?」
土方歳三の声だ。しかも、自分の事を”あの人”だと思っている。どうしても足を止めてしまう。
「お前はもう……なんで…、」
(この姿はそんなに”あの人”に…似ている?)
自傷じみた笑いが自然と出てくる。一瞬、土方歳三達に目を向けてから、黙ったまま駆けだした。相手は目を見開いて彼を見ていた。
「…総司じゃない…。そりゃそうだよな…。じゃあ、アイツは一体ーー、」
走り去っていく彼の知っている者に似た人物の後ろ姿を見ながら呟いた。
誰なんだ…。土方歳三の独り言は周りにいる者、そして当然、加州の耳にも届いてはいなかった。そのまま空気に紛れて、消えてしまった。