第6章 走り出せ!
「――て菊!!」
待って菊!
言い切れなかった残りが、喉から転げ落ちた。
伸ばした手の先には見慣れた勉強机。
もう片方の手には湯のみ……って、
「んん?」
え、ちょ、なんかおかしくない?
首をひねり、あたりを見回した。
そして驚愕のあまり、湯のみを放り出しそうになる。
私は、自分の部屋にいた。
さっきまでの黒、白、といった目まぐるしい色彩が嘘のように、綺麗さっぱり消え去っていた。
「戻って、きたの?」
おそるおそる呟く。
念のため部屋を歩き回り、自分の部屋だと確認した。
驚くべきことに、時刻がラジオを手にした時刻から、変わっていなかった。
つまり、向こうでの時間がカウントされていない。
帰宅時刻18時のまま、である。
「……なにがなんだか……」
深い深いため息がもれた。
湯のみと着ている浴衣が、夢ではないことを証言している。
ん? 浴衣?
「ああああああああああああああっ! 服! どうしよう服置いてきちゃった!!」
重要なことを思い出し、頭を抱えて喚いた。
服つながりで下着のことも思い出す。私は再び絶叫した。
「ど、どうしよう……」
半泣きになりながら、オロオロ部屋を歩き回る。
初対面に等しい男性宅に下着を放置とか、こはいかに。
落ち着こうと、とりあえず湯のみを机においた。
あの時手から落ちたはずのラジオが、なぜか机に鎮座している。……考えるのはあとだ。
それから浴衣から着替え、どう返すのか、いつ返せるのか、散々迷った挙げ句洗濯機に放り込んだ。
「あっそだ、あの記事見とかないと」
わたわたと気ぜわしく動き回り、ようやく図書館に着いたのは、閉館19時の20分前だった。
目当ての本はなかなか見つからず、味気ないデザインの図書館カードがうらめしい。
結局帰宅できたのは、それから更に20分後のことだった。