第2章 1日目
私に警戒心がなかったというわけじゃない。勿論殺されたくはなかったし、その証拠に膝が笑って立っているのもやっとなくらい恐ろしいと感じている。
でも、気が付けば抱えていた筈の猟銃は足元に置かれていた。
「...名をお聞かせ願えないだろうか」
「と、いい、ます」
知らない人間に名を教えるなど、今まではこんなことをしたことがなかったのに。この男性の声を聞いているとするりと心が溶かされて常識がなくなりそうだった。
そんな危険な色香が漂っている。
見惚れていた、それが一番近い言葉だと私は思った。
「某は真田幸村、こちらは共の猿飛佐助」
猿飛佐助、と紹介された長身の男性が姿を消したかと思えばこの穴蔵の中に明るさが灯った。足元が確認できる程度の弱い光が壁伝いにある。
「夜は遅い、朝までここにいるが良い」
そう言って微笑んだ真田幸村と名乗る男性は此方に近付いてきた。
なんて、美しいのだろうか。存在自体がまやかしかのようにここにあるのか不安になる程に儚くも感じた。
私は、ふとその幸村の髪を見た。
影で分かりにくいが頭につんととんがった2つのものが見えた。変わった髪型だな、そう思った。
だが近づく事にそれがはっきりと見える。
「み、耳...?」
まるで獣の耳のようなものが幸村と佐助の頭にはついていた。よく見れば尻尾もある。
巫山戯ているのか、そう思ったがあまりにもそれらが自然にあるがために疑うこともできない。
「驚かせて、申し訳ない」
「...人間如きに口をきくのは尺だけど」
金色の目はどこか別の場所を見ていて、時折鼻をスンスンとならしている。
「あなた方は、ええと...」
「物の怪とも言うのだろうか?人間から、すれば。」
ひょこ、と動いた耳は明らかに本物で。一体この人達、いや、人ではないようなのでなんといえばいいかわからないが....
「...獣だ、ヒトガタに化けることができる獣」
佐助はぽつり、そういうとまたそっぽを向いた。