• テキストサイズ

【銀魂裏】秘蜜の花園【短編集】

第2章 女泣かせの糸(高杉甘裏)


言葉通り、それからしばらくして、その客はやってきた。
前と同じように着流しに煙管をもてあそびながら。
そして同じようにあたしに酌だけさせて、静かに唇を酒で濡らしていた。

「お客さんのお名前、お聞きしてもよござんすか」
追加の酒を待っている間、あたしはそう声をかけた。
「……晋助だ……こういう字を書く」
男はあたしの手をとり、掌に指で字を書いた。
「晋助さん」
「そうだ」
苗字を名乗らないのは、何かわけありなのだろう。
もしかするとこの「晋助」さえも偽名かもしれない。

男はあたしの手を離すと、再び煙管を吸い始めた。
そしてそれ以上あたしに触れることもなく、また婆さんが喜ぶだけの金を払って帰って行った。

吉原の客は色々だ。
お大尽ばかりの大きな店だったらどうなのかわからないが、うちのような店に来る客は、みんながみんな金払いのいい客ではない。
遊女に罵詈雑言を浴びせたいだけの男。
変態的な行為をしたいだけの男。
そんな客だっている。
それに比べたら、黙って酌をしているだけで祝儀をはずむ客なんて滅多にいないし、楽なことこの上ない。

だが、毎度毎度酌だけして、身に過ぎるほどの祝儀を貰うのはさすがに気が引けた。
他の花魁だったらこれ幸いと金だけ懐に入れて、別の男に身を任せにいくのかもしれないが、吉原から出ることなど諦めているあたしは、金を貯め込むことにあまり興味がないのだった。
/ 54ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp