第4章 優柔と懐柔
『ごめん、いまのは嫌な言い方だった』
「ううん、気にしてない」
『ありがとう、旅行楽しんできてね』
リビングでコナンを見送ってから、沖矢にすすめられて少し早めの夕食をとった。
今晩はビーフシチューだった。
あの無骨そうな男の手料理で、さらに美味しいとくればなんだか可笑しく思う。
食事をおえて、後片付けをして、冷蔵庫をあさる。
目の前にはビール。
しばらくは呑めなくなるから、今晩は呑み納だ。
『明日から禁酒かぁ…』
コナンが戻るまでは、お酒に逃げることができなくなってしまった。
なかなか由々しき事態だ。
『沖矢さんも呑む?』
「いえ、少し出かけるので」
この時間から外出とは珍しい。
「飲み過ぎには注意してくださいね」と残して出かけていった。
また1人酒だ。
今晩のお酒のアテは映画にしようと、船が沈没するロマンス映画を選んだ。
この映画は昔のものだけれど、"私"は好きだったと思う。
妙に惹かれるものがあって、も気に入っている。
いつしかテーブルのうえには、ビールの空缶が並んでしまった。
結局、映画は途中までしか見れなかった。
恋人達の悲しい最後を見届けることなく、ソファーで酔いつぶれた。
玄関の開く音がして沖矢が帰宅したようだけど、は夢現だ。
まどろむ意識の中で、人の近づく気配がする。
そっと頬を撫でられた。
ふわりと石鹸の香りがして、なんとも懐かしい気分に目頭が熱くなる。
『……零』
少しぐついた声が漏れてしまった。
瞼をあけたいのに、そっと手を重ねたいのに、やっぱり深酒は駄目だなと反省する。
でも彼がここにいるはずもなくて、これは夢なのかよくわからない。
目頭の涙をそっと拭われて、瞼にあたたかくて柔らかいものが触れた。
唇にも。
名残惜しそうにそっと離れた。
ラッキーストライクの香りはしない。
またふわふわと身体は宙にういた心地に、身を委ねた。
ひやりとしたベッドのシーツも、重なる唇も、ラッキーストライクの香りも夢と同じだ。
でも、さっきはラッキーストライクの香りがしなかった。
しなかったのだ。
はまどろむ意識を、どうにか起こさせた。
視界はぼやけているけれど、男の姿は見えた。
『な、んで…?』
降谷に抱かれる夢を見ていたのに、実際に自分を抱いていたのは、変装を解いた沖矢だった。