第1章 記憶と感覚。
しばらく走行していると、赤信号にさしかかった。
歩道橋にかかる道路標識を見てみる。
『ベイカ?』
中心に鎮座する地名は、米花。
『ベイカーストリート?ここロンドン??』
な、ワケはないと自分にツッコミをいれる。
ここの地名は米花と書いて、ベイカと読むらしい。
読むらしいというのは、地下駐車場を出てからというもの、知らない道をナビに従い進んでいるだけだった。
まるで異世界に迷い込んでしまった物語やゲームの世界みたいだな、と思う。
『あれ…私ってゲームするのかな』
記憶にはないだけで、もしかするとゲームは好きだったのかもしれない。
他にも何か趣味とかはあったのかなと考えているうちに、ナビからは「間もなく目的地です」とアナウンスが流れた。
毛利探偵事務所前の路上に停車した。
少し年季の入ったビルの1階には喫茶店があり、その上の2階に探偵事務所がある。
階段をのぼりドアの前、少し緊張をする。
コンコンとノックをすると、「はーい」と女性の声が答えた。
電話の応対をしてくれた女性の声だ。
ドアが開くと、可愛らしい女の子に出迎えられた。
「こんにちは!」
『こんにちは。お電話したです』
女の子は途端に気まずそうな表情を浮かべた。
「あの…ごめんなさい。お父さんまだ帰ってなくて…、どうしよう」
申し訳無さそうな女の子。
とても顔見知りとは思えない態度から、 とは初対面なのかもしれない。
女の子に落ち度があるわけではないし、ひとつ提案をした。
『あ、それなら』
と、1階の喫茶店で時間を潰すことにした。
「私もご一緒しても良いですか?待ち合わせをしていて」
『もちろん』
高校生くらいだろうか、制服を着ていて、待ち合わせ相手は彼氏かな、と想像してみる。
「私、毛利蘭です」
『私は』
「さんて、とってもお綺麗ですね」
すこしうっとりと見つめられている。
うんうんと心の中で同意する。
『ありがとう、蘭ちゃんでいいかな?』
「はい!」
『蘭ちゃんもかわいいと思う、将来は美人さんになるね』
「え…、あ、ありがとうございます」
少しはにかんだ笑顔も可愛らしかった。
記憶をなくして、はじめて会話したのが蘭で良かったとは思った。