第3章 予兆と微票。
「―――、――さん?さん!」
『…あ、ごめん、コナン君。何?』
受け止めきれない自分の素性に呆けていたようで、コナンの声に反応ができなかった。
その反応に無理もないと、心配そうにの様子を伺っている。
「さん、話をちゃんと聞いて。FBIに保護されて欲しい。…安室さんに殺される可能性も…あるんだ」
降谷と過ごした時間を思い返す。
これだけは断言できる。
『それは、ない』
「情報を得るために相手を籠絡するのは組織の常套手段だよ」
一切の揺らぎがない返答に、コナンは子供らしからぬことを言う。
『そう…』
愛し合ったとか、そんなレベルの妄言ではないのに、降谷を擁護する言葉が踏めない。
たとえ彼がどんな人物であったとしても、彼が公安だという事実は誰にも告げるつもりはない。
彼にもきっと、自身に打ち明けることのできなかった事情があるはずだと思いたい。
それなら、目の前のこの男もまた、何か事情を抱えているのだろうか。
『…聞いても?』
「うん」
を纏う空気が、ひやりと温度を下げた。
『…沖矢昴は、誰?』
脈略もなければ、その意味を知らないなら全く意味不明な質問だ。
だけれど、には感覚による確信がある。
コナンは平静を保ったまま、動揺すら見せない。
「さん、どういう意味?昴さんは昴さんだよ?」
不都合や誤魔化したい時、コナンは子供を演じる傾向がある。
『茶化さないで』
「…っ」
『唇も舌の感触も、ラッキーストライクの香りも、沖矢昴と手榴弾男が一緒だったのよ』
コナンはオイオイと思いながら呆れ顔で沖矢を見ると、さすがに些かバツが悪そうだ。
『どっちが変装かわからない。顔も声も違う、けれど…』
ローテーブルの対面に座る沖矢の首元に、緩慢と手を伸ばした。
沖矢もコナンも黙ってその手の行方を見つめた。
正確には、艶かしさの漂う所作から、目が離せなかった。
人差し指をハイネックに掛けて捲くった。
そこには電気回路の描かれたチョーカーがある。
『……声は"コレ"でしょう?』
現れた変声機を視線でさして、仄かに笑った。