第1章 記憶と感覚。
身支度を整えて、バッグにスマホと財布と、鍵をしまいこんだ。
シューズボックスから、ブーティを選んだ。
黒地のスムースに、靴裏は真っ赤だ。
『かわいい…』
"私"とはやはり好みが合うらしい!
『いざ…外の世界へ』
そろりとドアから顔をのぞかせると、廊下や壁、装飾品を見るに、そこそこ高級な建物ではないかと想像がつく。
扉を開けて一歩前へ、大理石の床にヒールの音がコツンと響いた。
キーケースのディンプルキーを鍵穴に差し込むと、カチリと施錠ができた。
『家鍵で正解!』
右手側は行き止まり、左手側へ歩きだすとエレベーターを見つけた。
さっそく乗り込むと、階数表示の1番下には"地下駐車場"のボタンがあった。
『うわぉ…親切ぅ…』
迷いなく地下駐車場を押す。
ポーンと至って普通な到着音とともに、ドアが開いた。
地下駐車場は広そうだ。
『探せるかな…』
小気味の良いヒールの音がコツコツと駐車場に響いていた。
『あ…』
1台の車の前でとまる。
『FD…』
なんだかとても心が惹かれてしまう。
吸い寄せられるように、指輪のついた車の鍵を差し込んでみた。
『あいた!』
鍵の持ち主が自分なら、おそらくこの車の所有者も自分なはずだ。
決して泥棒ではないと思うけれど、辺りを見渡してしまうし、その姿はどう見ても挙動不審だ。
『悩んでても仕方ないしっ!乗っちゃえ!』
人間開き直りも大事だ。
車内に乗り込むと、一般的な車にはない機材が備わっていた。
『メーター類に…ロールバーに…セミバケのシート…。なんだろうこのヤンチャ感は…』
エンジンをかけると、マフラーの重低音が響いた。
『これは…好きかも…』
ドキドキするような、落ち着くような、その音にしばらく耳をかたむけた。
もう少しこうしていたい気分ではあるけれど、約束の時間は1時、現在の時間は12時半を少し過ぎたところ。
『さてと…、毛利探偵事務所っと』
ナビに設定をすると、20分程で到着予定と表示された。
さほど遠くはない距離だ。
車をゆっくりと前進させる。
クラッチが少しだけ重いのも好ましい。
ハンドルを切るとオイルが硬いせいか、ガコガコと音をあげている。
不思議と馴染みがあるような感覚だった。