第3章 予兆と微票。
せめて沖矢の進行方向が逆だったなら、と思ってしまう。
それならドアの影に隠れられたはずだ。
よりによって安室との関係性を疑う沖矢に、恋人然りとしたこの状況を知られてしまうとは。
唇がはなれていく。
「大人しくしていてくれ」
何も言えずにこくりと頷いた。
降谷は沖矢を気にするでもなく、扉を閉めて部屋を出ていった。
沖矢に対して何も反応を見せなかったということは、降谷の言う"誰か"に沖矢は当てはまらない。
ここでひとつ疑問が生まれた。
沖矢は安室透を知っていて、降谷は沖矢を知らないということだ。
安室との仲を疑っていたし、彼と親しいから警戒もされていたはずなのに、どういうことだろう。
はっとする。
こんな現場を見られてしまったのだ。
面倒くさいことになる前に鍵をかけて、降谷にも大人しくしていてくれと言われたし、終着駅までここに籠城しようと考えた。
しかし伸ばした手から鍵は遠ざかっていく。
ノックもされずに扉は開いてしまった。
確認なんてしなくてもわかる、沖矢だ。
「彼との関係は?」
掛けたかった鍵は、沖矢の手の中でカチリと音を立てた。
『沖矢さんには関係ないでしょ?』
そもそも自分が誰とどうこうなろうと、彼には関係がないはずだ、と開き直ってみる。
この際、"私"と深い仲だったかもしれないけれど、私とは顔見知りでしかないから責められる道理はないはずだ。
「ホォ…」
じりじりとにじり寄る沖矢から、一歩、また一歩と後退する。
『なに…』
ここが廊下なら逃げられたかもしれないけれど、所詮狭い個室でしかなく、あっという間に窓際にある小さなテーブルに腰があたってしまった。
テーブルに腰があたってバランスを崩したことが、一瞬の間を彼に与えてしまった。
両腕を絡め取られて、背後の窓に縫い付けられた。
相手は片手なのに、びくともしない。
『ちょ…離し…』
顎を掬われて、唇が重なった。
差し入れられた舌が絡んだ。
この香りは、知っている。
少し苦いラッキーストライクだ。
でも、なぜ…?
スリットからあらわになった太ももを撫でられて、我に返る。
唇が離れた瞬間に、沖矢に頭突きを食らわせた。
『痛っっ!!!』
「ぐ…」
捨て身の攻撃はさすがに効いたようで、沖矢は額を抑えて片膝をついた。
しかし、繰り出した自身も相当なダメージを受けた。
額を抑えて涙目だ。