第3章 予兆と微票。
「なぜ、ここにいるんだ」
振り向かなくても声だけでわかってしまう。
『え、…安室さん?あなたこそなぜここに?』
「話はあとだ…、部屋は?」
部屋番号を伝えると、腕を引かれたまま足早に歩き出した。
彼がここにいるということは、ここが仕事現場なのだろうか。
殺人事件を予期したわけでもないだろうし、偶然居合わせたと考える方が現実的に思える。
何より彼は公安だ。
他の何か、例えば組織的な犯罪が動いていたり、爆弾が仕掛けられている可能性があったり、大きな事件が起こっているということだろうか。
部屋に入るなり、すぐに施錠をされた。
チェーンキーまでも。
「それで、なぜここに?」
偶然に恋人と出会ったものとはかけ離れた雰囲気で、険しさをはらんでいる。
『商店街の福引で当てたのよ』
「福引…」
『あなたは?お仕事なの?』
「…」
眉間に皺を寄せるだけで答えてはくれないようだ。
仕事だと言えば済むものを。
「、この部屋から出ないでくれ。誰が訪ねてきても…」
降谷は沖矢のことを知っているのだろうか。
この部屋を訪ねてくるとすれば、この部屋を知る彼しか該当しない。
自分の知らないところで何かが起きていて、詳細は語られることなく蚊帳の外に置かれたままになってしまうのか。
でも降谷の邪魔をしたいとは思わないし、大人しくしているのが正解かと息をついた。
『わかったわ、部屋からは出ない。あなたは大丈夫なの?』
「あぁ、メッセージ送っただろ。心配はいらない」
降谷のスマホが震えた。
内容を確認しているようで、眉間にはさっきよりも深く皺が寄っている。
「誰が来ても、部屋には入れないでくれ」
『わかったってば…何をそんなに…』
「俺が訪ねてきても、だ」
『は?』
彼は何を言っているのだろう。
不可解すぎる言葉に、鳩も豆鉄砲を食らうというもの。
これ以上、話すことはないらしく、ドアのチェーンに手をかけられた。
『ちょっと、どういう意味!?』
振り向きもせずドアが開かれた。
降谷の腕を掴んだと同時に、頭を引き寄せられて唇が重なった。
なぜこのタイミングで…、まるで別れの挨拶のように…。
本当に、なぜこのタイミングだったんだ!!
降谷の背後には沖矢が立っていた。