第3章 予兆と微票。
気楽な一人旅だったはずが、不穏な空気に包まれていた。
用を済ませて個室に戻って間もなく、殺人事件が起こったらしいと廊下から会話する声が聞こえてきた。
それが本当なら、いまだ駅のひとつも停車していないこの列車に、殺人犯が滞在していることになる。
そして殺人事件が起きているのなら、推理クイズやゲームなどしている場合ではないだろう。
このまま座っていても落ち着かないし、情報収集をしてみることにする。
まずは、運営に声をかけてみて共犯者役は続行かの確認と、デートの邪魔はしのびないけれど、唯一の知人である沖矢を訪ねてみるしかない…。
ドアを開けて、各車両の最後尾にいる車掌に声をかけようと思ったが不在だ。
殺人事件が起きたのなら悠長にこんな場所にいるわけがないか…、車両を移動してみると、車掌がいた。
『あの…』
「はい!」
『お忙しいところ申し訳ないけど…、これの続行はないわよね?』
封書を手渡してみると、車掌は首を傾げていた。
「これは…ミステリートレインから配られる手紙ではありませんね…」
『え…?どういうこと?』
「誰かのイタズラでしょうか…」
親指を顎に、人差し指指を唇にあてて考える。
何者かが自分を軟禁して足止めをしたことになる。
役割の指示が雑だと思ったのは、間違いではなかったらしい。
それなら、誰が…何のために?
『あと…事件があったと聞きました』
「どこでそれを…」
廊下でひそひそと小声で話している、他の乗客たちに視線をうつした。
『列車という密室空間、噂の広まりなんてあっという間かと』
「そのようですね、事件は解決していません。事件が起こってしまったことは不幸ですが、この列車には名探偵毛利小五郎氏が乗車しています」
『毛利さんが?』
「えぇ、ですから事件はスピード解決するかもしれませんね!ただ、大きい声では言えませんが…」
起こったのは殺人事件なだけに、いまだ犯人はこの列車内にいること、できれば鍵をかけて室内に留まっていて欲しいとお願いをされた。
幸運により舞い込んできた気楽な一人旅は、すっかり殺人事件の現場へと変貌を遂げている。
それに不可解な手紙と指示の意味するもの。
やはり一度沖矢と話をしてみよう。
FBIの協力者と語る彼なら、何か情報をつかんでいるかもしれない。
さっそく沖矢の部屋に向かおうとすると、背後から腕をつかまれた。