第1章 記憶と感覚。
ネックレスにリングを通すことは不思議ではない。
ファッションだったり、指輪を着けることのできない仕事であれば、そうすることもある。
『どうして、車の鍵に…??』
とても不自然に思える。
なんとなしに内側をのぞいてみると、"Misty"と刻印が彫られている。
『Misty…』
単純に考えれば、霧だ。
しかし"Misty"というお酒もある。
確か、琥珀色の強いものだったはずだ。
『Mistyか…まるでいまの私みたい』
自身が何者なのか、霧がかかったように何も見えてこない。
例えるならばそんな気分だ。
『悩んでも仕方ない…』
気持ちを切り替える。
車の鍵があるということは、車を所有している可能性がでてきたのだ。
しかし、鍵の形状はボタンひとつでピッと答えてくれる文明的なものではない。
鍵穴に差し込んで回すタイプのものだった。
『ちょっと探してみよっかな』
そうと決まれば身支度をすませよう。
寝室にあるドレッサーのツールに腰を掛けた。
メイクはしっかりと、ヘアスタイルはコテを使いゆるく巻く。
ストレートヘアにすっぴんのナチュラル美人も良いけれど、かっちりオシャレをすると迫力美人のできあがりに、うっとりしてしまう。
『…いちいちうっとりしてたら変態だわ…、早く慣れないと…』
そして洋服を選びにクローゼットを開けた。
『真っ黒…』
見た感じは8割型が黒で、パジャマやトレーニングウェアはかろうじてカラーだ。
しかし黒はおそらく好きだと思う、なんとなくしっくりする。
ハンガーにかけてあるワンピースを手に取った。
右側に深いスリットがはいっている、なんとも大胆なワンピース。
『嫌いじゃない』
と言うよりも、好きだと思える。
さそっそく着替えてみると、やはりしっくりだ。
記憶をなくしても、根本的な好みに変化はないのかもしれない。
クローゼットの中には、似たような形状のワンピースと、ジャケット類。
それにキャットスーツのようなものがあった。
『ハロウィンでもするのかしら…』
明らかに実用的ではない。
ふとキャットスーツを着て、拳銃を持っている自身を想像する。
『スパイかな…?』
それこそ映画のワンシーンだ。
出来ることならば、その映画の悪役でないことを祈ろう。
なにせ職業不詳だ…、どんな人物なのか知り得ない。
そっとクローゼットの扉を閉めた。