第2章 錯綜と交錯。
ポアロの出勤の日には、送られることがすっかり定着していた。
「さん、送ります」
そう言う彼の顔には、疲れが浮かんでいる。
『疲れてるでしょ?私は電車で帰るから大丈夫』
有無を言わさずに、強引に腕を引かれた。
どこか切羽詰まっているような、そんな雰囲気に動揺してしまう。
駐車場に着くと助手席のドアをあけられて、ためらいながらも乗り込んだ。
『…零?』
「はい?」
2人の空間になれば、きまって降谷零になる彼が、今も安室透の顔をしている。
あの朝に違和感を覚えてから、今日のような彼が時々顔を出す。
『ねぇ、どうしたの?』
「どうもしません、送ります」
『零…私を見て?』
少し間をおいて向けられた顔は、いつか見た苦しそうな寂しそうな降谷のものだった。
『零…』
あぁ、そうか、ここまで彼を追い詰めてしまったのは私だと、今更ながらに思う。
自分の中ではとうに答えは出ていたのに、居心地の良さに甘えてしまっていた。
消えた"私"が彼を傷つけて、今の私が、彼の心の均衡を崩してしまった。
彼の頬を手のひらでそっと包むと、縋るようにすり寄られた。
「…すまない」
そんな顔をさせたかったわけじゃない。
彼を誰にも渡したくないと自覚したのはいつ頃だったか。
その気持ちはどんどん強くなって、"私"に対しても思うほどになってしまった。
なんて厄介で、やるせない思いを知ってしまったのか。
『ねぇ、零。私でもいい?』
「どういう…」
『あなたの好きだった"私"じゃなくてもいい?』
あまりにも不器用に、思いを告げてしまった。
これでは自分自身にさえ嫉妬していたと知られてしまうのではないか。
「君がいいんだ」
頬を包む手に、彼の手が重ねられた。
こんな言葉でもあなたは、これほどに幸せそうな顔を見せてくれるなら、もっと早く告げれば良かった。
『待たせてごめんね…、あなたを好きにならない方が難しかったみたい』
身体をかたむけて、そっと唇を重ねた。