第2章 錯綜と交錯。
きっと世の中の女の子であれば、このシチュエーションはときめく場面なんだろう。
『…安室さんて間違いなくモテそうね』
「なぜ?」
『この間、安室さんの話を梓さんと……、ごめんなさい、忘れて』
会話の流れとは言え、完全に墓穴を掘っていた。
「彼女とは…本当に何も無い。ただの同僚だ」
嫌な事を思い出してしまった…、そもそもどうして嫌だと思ったのか。
感じたのは、嫉妬心だった。
鎖骨あたりに交差する彼の腕に自分の手を重ねてみる。
温かくて落ち着くと同時に、胸のあたりに黒いモヤがかかる。
このぬくもりを離したくないと思った。
降谷 零を誰にも渡したくないのは私なのだろうか。
今の今まで落ち着いていたはずの彼の体温が、ざわざわと落ち着かない物に変わった。
この熱から逃れたくなる。
『この季節でも夜の海は冷えるね』
空気の仕切り直しと言わんばかりに、彼の腕をタップする。
『そろそろ帰りましょ…送って』
「…帰したくは、…ない」
『なに、その言い方…、ふふっ』
何事も卒なくこなしそうな彼の不器用な物言いに、思わず笑いがこみ上げる。
後ろを振り返り彼の顔を覗くと、少しむくれていて、幼さを感じさせる。
降谷 零の見せる表情は、どれも好きだと思った。
おそらく自身は彼に惹かれている。
誤魔化しようのないくらいには。
しかし、これとそれは別の話である。
『家に帰ったらゆっくりお風呂にはいって、月を見ながら晩酌して寝たいの』
「…わかった」
すんなりと得られた返事に、少しだけ拍子抜けをした。
そして、来た道を戻…らずに、のマンションとは違う道を走る。
『帰り道、違うよね』
「俺の家へ向かっている」
呆れたように大きく息を吐いた。
『一夜の過ちを犯すのは嫌よ』
「そんなヘマはしないさ」
どこか楽しそうに彼は言う。
そのまま街中を走り、コンビニに寄る。
お酒と下着を買って、つまみは用意してくれるようだ。
コンビニを出てすぐ、彼のマンションへ到着した。