第2章 錯綜と交錯。
美味しいコーヒーが飲みたいイコール、安室の淹れたコーヒーを飲みたいと思うようになりつつあった。
ポアロの勤務は来週からだし、友達がいるわけでもないし、特にやることもない。
習慣になってしまったのか、ポアロのドアベルを鳴らしていた。
お昼もとうに過ぎた時間だ。
来店客はいないようで、いつもなら聞こえる挨拶も聞こえない。
ふとカウンター内に目を移すと、肩を寄せ合い寝ている2人の姿を目にした。
先日の梓の会話を思い出していた。
しきりに安室の話をする梓の、安心する、秘密だと言った表情が頭に浮かぶ。
まっさきに感じたのは、嫉妬心。
そんな感情に嫌悪してしまい、踵を返しポアロを後にした。
背を向けたポアロから、ドアベルの音がする。
「さん!」
今は顔を合わせたくない安室の声。
自分が情けない顔をしていることが、手に取るように分かるから、振り返ることなく歩行速度を早めた。
「待ってください!」
駆け寄る安室に腕を掴まれて、思わず振り払う。
『邪魔してしまってごめんなさい。私の事は気にしないで』
「退勤時間ですから、ここで待っていて下さい」
返事も待たずに安室はポアロへと引き返す。
待つ必要なんて無い、顔を見たくない。
『だって…』
彼と私には何の関係性もないのだから。
それなのに、なぜこうも身の置き場がなく苛立つのか。
『なんで…』
その場から逃れるように、車の通れない裏路地を選んで駅まで歩いた。
電車に乗り込み、呆然と車窓を眺める。
何をしに外に出たのか、全く無意味なものになってしまっていた。
違う…何も無い…無意味な方がまだ良かった。
マンションのエントランス前の通りには、彼の白いFDが停まっていた。