第2章 錯綜と交錯。
その日もスマホのアラームは05:50になる。
酷い頭痛に襲われていた。
あの日と同じだ。
――Pipipipipipi!!
『…っぁ…、頭、われそ…』
頭を抑えベッドを出ると、ピルケースからロキソニンを取り出して水で流し込む。
『……っ痛』
自分の思考とは無関係に、頭の中には映像が流れだした。
濃い霧が、徐々に薄くなり、鮮明に映し出される。
黒のポルシェ・356A
凍てつく空気をまとった、狡猾そうな、新緑色の瞳で黒に包まれた…
『……ポルシェと、男?』
ソファーにぐったりと身体を預ける。
見知らぬ男を思い返した。
ぞわぞわと落ち着かない気分にさせるのは、頭痛のせいか、はたまた見知らぬ男のせいか。
そっと瞳を閉じた。
薬が効きはじめた頃、シャワーを浴びて気分を落ち着けた。
『これは"私"の記憶?』
あまりにも少ない記憶の情報だけれど、男の印象は強く残った。
カーテンを明けて外を見ると、まるで自分の心を写したような曇天だった。
今日はジョギングをする気分にはなれない。
『……美味しいコーヒーが飲みたい』
ひさびさにポアロに顔を出すことにした。
ナイフと拳銃を装備して、ジャケットを羽織る。
喫茶店でコーヒーを飲みに行くような装備ではないけれど、備えは大事だと理由付けた。
カランコロンとドアベルをならし、お昼も過ぎたのに女性客の多いポアロに入る。
「やぁ、いらっしゃいさん」
「さん、いらっしゃい!」
『こんにちは』
カウンターに腰を掛け、コーヒーをオーダーすると、梓が神妙な顔で近づいてきた。
「あの…さんて何の仕事してるんですか?」
無職…とは言いにくいものがある。
『今は何もしてないわ…休業中かな』
「それなら、ポアロで働きませんか?」
『え…?』
思わず安室に視線を移した。
「良いじゃないですか、さん」
「安室さんもこう言ってますし!」
良いのだろうか…?
こうして週に2回、ポアロのアルバイトが決まった。
暇を持て余した身の上にはこの上なく有り難いお誘いだけれど、色々な距離が物理的に近づいてしまう。
安室の素性はあらかた聞いているけれど、コナンに関しては謎が多すぎる。
そんな心配事をよそに、業務内容の説明をされて、連絡用に安室と梓の番号がスマホに登録された。