第2章 錯綜と交錯。
あの事件から、嘘のように平和に過ごしていた。
警戒心は以前より強くなっている。
だからこそ、狙われている気配がないと言い切れる。
――Pipipipipipi!!
スマホのアラームは05:50。
久しぶりジョギングをするために早起きをした。
なんとなくそうしたいのは、"私"もそうしていたからかもしれない。
身支度を整え、外に出た。
前回と同様に、1時間落ちることなくペースを守り折返すと、こちらも前回と同様に追いつけなかった例の人が前を走っていた。
その人をペースメーカーに、後を追うこに決めた。
しばらく追いかけると、突然その人がしゃがみ込んだ。
体調不良だろうか。
様子をうかがうために足を止めると、体調不良ではなく、真っ白な子犬と戯れていた。
『…え?』
思わず声が漏れる。
「さん?」
『安室さん?』
彼と会うのは、あの事件以来だった。
『急にしゃがみ込んだから心配した』
「すみません、最近よく会う子なんです」
『可愛い』
「癒やされますね」
『野良ちゃん…?』
「おそらくは」
隣にしゃがみ込んで、もふもふの犬を撫でた。
『何もなければ連れて帰れたのに、ごめんね』
子犬の頭を撫でるを見つめる安室は、また複雑な顔をしていた。
『そう言えば、前にあなたを追いかけた事があるの』
「僕をですか?」
『そう、前を走る安室さんに追いつけないままマンションに着いちゃった』
子犬を撫でながら、闘争心に燃えた自分を思い出して、ふふっと笑った。
「それは…残念なことをしたな…」
小さく呟く声はの耳には届かなかった。
ゆっくり走っていたら彼女が追いついてくれたかもしれない。
ゆっくり走っていたら目に留まる事なく追い抜かれたかもしれない。
どちらにしろ相容れない感じは、今の自分の立ち位置だと、安室は思う。
彼に陰りがさしているように見える。
『安室さん?具合悪い?』
「いえ、大丈夫ですよ」
『安室さんの大丈夫はアテにならなそう』
心配そうに微笑むは、やはり自分の知る彼女の表情で、安室は虚無感に囚われるばかりだった。
「では、僕は先に行きますね」
『はい、気をつけて!』
相容れないならば、安室 透を演じると彼は思う。