第4章 優柔と懐柔
パシッと、拳銃が弾かれる音がする。
『!?』
侵入者に向けた銃口は、明後日の方向を向いてしまうと同時に、腕を強く引かれた。
前方に傾ぐ身体を、完全に態勢を崩す前に、鳩尾あたりを狙って膝を入れようとして受け止められた。
ならばと、顎を狙い蹴り上げても上体を反らして避けられてしまった。
けれど、目深に被った帽子のつばを踵が掠めて、帽子は床へと落ちた。
ついさっきまで隠れていた月は、雲間から顔を出した。
天窓からうっすらと差し込んだ灯りが、侵入者の姿をほのかに浮かばせた。
「仕掛け方は、悪くないな」
侵入者の正体は、まっさきに除外した公安の彼だ。
『…どうして、ここに』
「スマホと車にGPSを仕掛けた」
『え…』
はなから逃走などできていなかったと言うことだ。
「姿を眩ませても、何が起こっても次は探し出せるように」
それはの質問の答えにはなっていない。
経緯を聞いているわけではない。
『私を捨て置いたのは、零でしょう?今更どうして追いかけてくるの?』
「捨て置いてはいない!」
『あれから1週間、音沙汰もなかったくせに?」
「合わせる顔が…なかったんだ…」
それは自分も同じだった。
『私もよ。だから零の下へは戻れないと言った。それでも連れ戻したのはあなたじゃない』
降谷を責められる立場ではないけれど、言葉は堰を切ったように溢れでる。
『…そのままほっとけば良かったのよ、私なんて…』
「出来なかったんだ…君を手放すことが、どうしても出来ないんだ…」
掴まれたままの腕を引かれて、彼の胸の中に閉じ込められた。
「痛い思いをさせて…ごめん」
すまなかったではなく、ごめんと呟いた降谷が頼りなく思えてしまった。
それに元は自分のまいた種だ。
『痛かったけれど…、零の方がツラかったでしょ…ごめんね』
「傷は…」
『大したことないの、大丈夫』
身体を気遣ってか、優しく抱きしめられた。
許されてしまったのだろうか、も応えるように背中へ腕を回した。
降谷は仕事があるからと早々にトンボ帰りをして、も翌日には帰宅を果たした。
こうしてFBIと公安と、方々を巻き込んだ1件は、痴話喧嘩として人々の記憶に残ってしまった。