第15章 くすぶる思い
私はとぼとぼと八百屋を出た。
女将さんの愛想の良い声に反応して、振り返り軽く会釈をする。野菜の入った袋と、文具店で買った巻物を片手に一つずつ下げて、ぶらぶらと歩き出した。
思わず溜息が漏れる。
舞い上がってしまった自分に対してか、考えていたような相手ではなくて落胆したのか、正直わからなかった。
(そうそう運命的な出会いなんてないか……)
辺りはもうすっかり暗くなっていて、空を仰ぐと星が瞬いていた。
胸が高鳴る思いがしたのは久しぶりだった。
どんな人か知りたい、と思ったのも。
それでも一目惚れなんて、結末はこんなものかもしれない。そう考えることにして、私は前を向いた。
歩きながら、イルカ先生にはどう伝えようかと考えていた。明らかな動揺の理由はともかく、優しい気遣いのお礼はしておきたかった。残念な結果に終わったものの、彼のおかげでまたあの人と話が出来たのだから。
(イルカ先生は、変にからかったりしないだろうけど)
気まずいことには変わらなくて、私はもう一度深く息を吐く。
そして、また歩き出した。
*
「ただいま」
自宅に戻ると、母が慌ただしく出かける準備をしていた。任務時に着用する服に着替えている。
「あれ?お母さん、緊急の呼び出し?」
「ナズナ、おかえり。任務に出た下忍の子がひどい怪我をしたそうなの。ここから近い場所にいるらしいから、うちに連絡があってね」
「そう。大丈夫かな」
関わった生徒の一人ではないかと、ひやりと肝が冷える。
「いやだ。そんな顔しないの。相変わらず心配性ね。応急処置は済んでるらしいから、今のところ大丈夫」
母は笑顔で答えた。緊急用の医療キットの入ったポーチを引っ掴み、部屋を出て行こうとする。
「今日は戻れないかもしれないから、後よろしくね」
「うん、頑張ってね」
玄関先で母を見送って、私は台所へと向かった。
野菜を台所にある机に置いて、明日用にとお惣菜を作り置きしておこうと調理を始める。